空虚な呪詛と愛の囁き

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だが、その予想な見事に裏切られた。 目に隈をこしらえ少しやつれたマーカスがオーベリウスの元に現れたのは、試験当日のことであった。 「謎は解けました」 オーベリウスはその言葉に頭を殴られた。 「一緒に来てください。先生がいないとダメなんです」 オーベリウスはそれからどうやって宮殿まで参じたのか覚えていない。 マーカスが、王族に会うのに普段着ではダメだだの、パン一切れだけでも食べていけだの何やら世話を焼いていた気がする。 気づいたら、大勢の従者や白衣の医療従事者や王族が寝台を取り囲む豪奢な部屋に通されていた。 柔らかそうな寝台には、一人の少年が寝かされていた。死神から逃れ走っているかのように呼吸は短く荒い。 マーカスは少年の手を取る。 「リーフェルト・・・」 慈しみのこもった声であった。オーベリウスは、自分以外にその柔らかな声音を向けられるのを始めて聞いた。ちりりと焼けつくような痛みが微かに胸の内を掻く。 それに、リーフェルトはこの国の王子の名だ。いつの間に、王子と懇意になっていたのか。そもそも宮廷魔術師の試験を受けることだって、贔屓があったのではないか。 ふつふつと黒い感情が湧き上がってくる。 マーカスは、"魔法の言葉"を唱えた。繋いだ手から淡い光が王子の全身に広がる。激しく上下していた胸の動きは穏やかになり、呼吸音が静かになり、やがて沈黙が訪れる。 永遠に続くかと思われた静寂と緊張感は、王子が目を開きマーカスの名を呼んだことで、割れんばかりの歓声に変わった。誰もが泣きながら王子を抱きしめてキスを降らせた。 そのなにもかもがオーベリウスから遠ざかっていった。喜びの声は聞こえず、歓喜に沸く人々の姿は霞んでいく。 「・・・ルト。オーベリウス・ラインハルト殿!」 間近で自分を呼ぶ声に引き戻された。オーベリウスの横にいたのは、長いローブを着た顎髭の長い老人であった。その瞳と、刺繍の入ったローブの色が目に突き刺さる。 紫色の目と五色のローブは、宮廷魔術師の証であった。 「貴殿は素晴らしい魔術師をお育てになった!私は安心して退くことが出来る」 オーベリウスは理解した。これが、宮廷魔術師になるための試験だったのだと。 またしても下手を打った。 自分が与えた課題によって、その座を明け渡してしまったのだと。 王子を休ませる為、惜しみながら皆部屋を後にした。マーカスは、少しだけ話す時間が欲しいと微睡む王子のそばについていた。オーベリウスもマーカスの希望で残された。
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