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午後になって、じいちゃんがエルンストと一緒にやって来た。
「拓海、お昼だよ」
「ありがとうじいちゃん」
じいちゃんはランチボックスを持ってきてくれた、開けると中にはなんとおにぎりや卵焼きなどの日本式の弁当だった。
「わぁ」
これは嬉しい、米のメシだ。
「最近こっちでは日本の弁当がブームだからな、アルに拓海がこっちに来てると聞いて二人で買いに行ったんだ」
「ありがとうエルンスト!」
俺たちを子供の頃から可愛がってくれるじいちゃんの親友エルンスト、俺達兄妹には優しい大叔父のような存在だ。
昂輝にとっては同じ合気道流派の兄弟子でもある。
「何かあったら昂輝じゃ無くて俺を呼んでも良いんだからな美音、お前は子供の頃から遠慮ばかりするから心配だよ」
そう言ってエルンストは美音の頭を撫でた。美音が照れくさそうに頷く。
「あ、そうだエルンスト。こっちでスマホの修理ってどうすればいいの?」
「ん?どれ」
こういう事で頼りになる現地の身内にやっと会えた感じだ。俺は美音のスマホの事をエルンストに相談した。
「美音は手術の痕は痛くないのかな?」
そっちではじいちゃんが美音に問いかけている。
「うん力を入れなければ大丈夫、笑ったりとかはダメだけどね。盲腸が腫れちゃってて取り出すのに傷が大きめになっちゃったから仕方がないわ」
「女の子なのに…可哀想だ」
じいちゃんはそう言うけど、そんなとこの傷はどうせ俺ぐらいしか見ない。問題ないよ。
「拓海、ディアが謝っていたよ、孫が拓海に不快な思いをさせて申し訳無いって」
「ん?ああ、あいつね」
別にそれだけが原因であの家を出た訳じゃないけど。
「なんでディアさんが知ってる?あいつが自分で何か言ったのかな?」
そういう正直者には見えなかったけど。
「朝食時にはもう拓海がいなかっただろう、ジェイがちょっと挙動不審でね。あっさりディアにバレたよ、客人に何か失礼な事をしただろうって」
それは中々鋭い。
「最初シラを切ろうとしたジェイだけど、あっさり語るに落ちてたよ。まぁ、ディアは子供の言う事だからと言うけど」
「結構タチ悪いよ、あいつは。あの家の雰囲気も気になるし」
俺は派手な包装紙に包まれたおにぎりを手にとって食べ始めた。これ焼鮭だ、意外に米が美味い。日本産を使っているんだろうな。
「ちょっと俺には合わなかった。美音の部屋でもなんか落ち着かなくて全然眠れなかったよ」
「そうだったの?」
「うん」
逆にあの家の他の連中はよく眠れるよな、俺は無理だ。
「それはスピチュアルな意味か拓海?」
エルンストが聞いてくるけど。
「わかんねえ、でもなんか嫌だった。じいちゃんの妹さんの家なのに悪いけど」
だから黙っていたんだ。
「拓海は昔からカンが鋭いもんな、その拓海がそう言うんだから間違いないだろ」
「うん、きっと平気な人は平気だ。俺は多分弾かれたんだと思う。あの家に異質扱いされたワケだ」
詳しい事は北じゃ無いから全然わからんけど。
「ジェイはね、自分もインド人とのクオーター(1/4)なのに自分はアメリカ人だってプライドがもの凄く高いの。私も何度か日本人のチビって面と向かって言われたよ。英語が分からないと思ってたらしいわ」
あのガキ、やっぱり殴ってくれば良かったか。じいちゃんの顔色が変わる。
「ジャップ…そんな事を言われたのか。ごめんね美音、それはおじいちゃんは知らなかったよ」
「一度それを聞いたディアおばさんのダンナ様がジェイをもの凄く怒ったの、お前は何様なんだって。でも謝ったのはその時だけ。今でもきっと私のことは嫌いだと思うよ」
それでか、あいつは前科があったから今回もあっさりバレたワケだ。懲りてないバカって事か。
「私のお部屋ね、前はジェイの部屋だったんだって。私が来たせいでお部屋を取られちゃったのよ。だからきっとそのせいだと思う、ごめんね拓海にまで嫌な思いをさせて」
「そうなんだ。今も何か言ってくるのか?」
「うん、時々ね。相変わらず日本人を見下している。でもおばさん達はみんな優しいし、クレアちゃん達も可愛いし、大丈夫よ」
それは嫌な事を聞いたな。て、事はあいつは今も当然面白く無いわけだ。
「肩身の狭い思いをさせてたんだね。ごめんね美音、盲腸って長いストレスからも発病したりするんだよ」
「大丈夫よおじいちゃん、気にしなければ良いだけよ」
「いや、ダメだ。そんな思いをさせながらあそこに置いておく事は出来ないよ」
じいちゃん的にかなりショックだったんだろうな。まさか妹の家に人種差別まがいな言葉を口にするヤツがいるとは思わなかっただろうし。
賑やかな方が美音には良いかと思って選んだディアさんの家だったのに。
「なんだ、それじゃ美音はうちに来ればいい。なぁアル?」
突然、エルンストが言い出す。
「うちからだって美音の学校はそんなに遠くないぞ、バスで行ける距離だ。うちのマンションに来れば良い、リディアが嫁に行ってから部屋も空いている」
「エルンスト、良いのか?」
「問題ないよ、うちの嫁は昂輝も可愛がっているしその妹って言ったら大歓迎だ。待ってろ、電話してくる」
エルンストが通話しても良いエレベーターホールの方に走っていく。
「じいちゃん」
「ああ、エルンストの家ならとてもありがたい。妻のフリーデはとても温かい人だ」
エルンストの家なら俺も安心だ。
「美音、もし引っ越しになっても大丈夫だな?」
「え…ディアおばさん達が気を悪くされないのなら」
ああ、やっぱり。美音はディアおばさんやうちのじいちゃんに気を使って本当の事を言えなかったんだ。
「それはきっとじいちゃんがちゃんと言ってくれる」
お前は何も心配しなくて良い。
「おい、うちはいつでもOKだぞ。掃除を済ませて待っているとさ」
エルンストが戻って来て俺達にそう言った。思わずホッとする。
「美音、お前は幼い頃に色々我慢しすぎて、嫌な事があってもこっちでいい事があるからこれは我慢しようとかって意味の分からん天秤にかける癖がある。それはなんの意味もないんだぞ、それは心が麻痺してるだけだ。嫌な物はどこまで行っても嫌なんだからな」
「うん…」
「お前にそんな思いをさせていると思ったらじいちゃんも俺も情けない。そんなのダメだ、嫌なものは嫌とちゃんと自分の口で言うんだ」
「うん…分かった」
じいちゃんもホッとしたように頷いた。
美音が退院するまでに引っ越しだな。
もうすぐ昂輝も戻ってくるから、一緒に働いてもらおう。
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