act.2 それぞれのHappybirthday

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「出雲、美音さんは元気か?」  例によって醸造所のバイトの最中、急に北が言い出す。俺は仕上がった六本入りの大吟醸十兵衛を倉庫に持っていくのにカートに積み上げていた。 「今朝のメールでは元気に絵を描いていたぞ、お気に入りの場所を見つけたらしい」  今は芽吹いたプラタナスの若葉の絵が日々更新中だ。 「そうか、それならいいや。最近話を聞いてなかったから」  三段に積んだケースが倒れないように二人で抑えながらカートを押していく。着いた所は二階が北の自宅になった倉庫だ。  カートから下ろしたケースをパレットの上に定形で積み上げ、崩れないように二人でデカいラップを掛ける。最初は大変だった作業も今は大分慣れてきた。 「これで月曜日の出荷分はOKだな、やっと終わった」  出荷表を見ながら銘柄を合わせる、このパレットと奥の分がそれだ。 「よし、事務所に報告して終わろう」 「ああ」  北が空になったカートを持った。倉庫の隅には北の大事なバイクがいつもピカピカの状態でそこにある。  今は新聞配達のバイトが無いから、北はバイクを全く自分の楽しみだけに乗れている。ただ、こいつに学校と部活とバイト以外の自由な時間ってあるんだろうか。  俺も人の事を言えないけど。 「お兄ちゃん、拓海さんお疲れ様。もう上がれそう?」  悠里が倉庫のドアから覗き込んでいる。外階段から降りてきたんだな。 「ああ、後はこれを事務所に持っていくだけだ」 「そう、ちゃんと拓海さんにお聞きした?」 「あ、まだ」  何を? 「出雲、この後ちょっとだけウチに寄ってくれないか?」 「この後?」 「ああ」  そりゃ良いけど。明日は日曜日だし、でもなんだ?あらたまって。  とりあえず事務所にいた田村さんにチェックした出荷表を渡して今日の仕事を終えた。  倉庫の外階段から北の家に行く。家に入った途端、ものすごく暖かい。これが北の言うガスヒーターの恩恵か。 「はい、お兄ちゃんも拓海さんもお疲れ様でした。これは美音さんおすすめの温かい麦茶です」  コタツに座ると悠里がそれを出してくれた。それは確かに我が家の定番だ、美音がいつも俺に淹れてくれていた。 「それとね、これです。夕方学校から帰ったら隆成さんに頂いたんです」  悠里が冷蔵庫からケーキの箱を出してきてこたつの上に置いた。ホールケーキ?  箱を開けるとやはり丸いケーキだ。割と大きいチョコレートのデコレーションケーキ。上に乗っかったプレートにHappy Birthdayの文字と龍矢 & 悠里の名前が見える。 「誕生日だったのか?」  今日は4月14日だ、あれ?今日って。 「ああ、そうだ。この前隆成さんに履歴書を出しているから覚えててくれたみたいだった、驚いたよ」 「そうかおめでとう、北、悠里」  急なんで何もプレゼントが無いけど。そうか、おじさんが。 「こんな大きなケーキ、二人じゃ食べ切れないからお兄ちゃんに拓海さんを呼んでってお願いしたの。拓海さん、甘い物は大丈夫ですか?」 「うん、普通ぐらいなら」  母ちゃんや美音たち程は食べられないけどね。 「良かった、今日のお夜食はお蕎麦だったから大丈夫かと思ったの。お兄ちゃん、上手に切ってね」 「1/3ずつか」  そんなに食えんぞ、このケーキはデカいから7号サイズだろ。 「そんな訳無いでしょ!お兄ちゃんじゃあるまいし、拓海さんには普通に切って」  北は食えるのか、そんな甘党だとは意外だ。 「普通って?」 「1/6…いや、1/4?私ならそのぐらいかなぁ」  それでも多い。この兄妹、わざわざ俺が来なくてもケーキ1ホール位簡単に食い切れたんじゃないかな。  いや、でもこの二人に誕生日おめでとうと言えたのは良かった。それだけで俺も嬉しい。  その後、ちゃんとTVの映っている温かい茶の間で、北兄妹と一緒にお祝いのケーキを食べた。 「美味しい〜チョコレートケーキなんて久し振り!」 「本当に美味いな、どこのケーキ屋かな?今度買ってやる」  あの包装は駅前の店だな。 「駅前のアンティークって店だよ、うちも美音がそこのケーキが好きだった」  デコレーションしたケーキをばあちゃんがたまに買ってくれた。 「美音さんのラムレーズンケーキも美味しかったな。オーブンレンジを買ったら私も作りたいな」 「高校に合格したら買ってやる約束をしてたんだ。今、安くて良さそうなやつを物色中。醸造所のバイトのおかげでやっと買えそうだ」  朝のバイトも新聞配達をしていた時よりずっと稼げてると北が言う。本当に良い所でバイトさせてもらったと。 「ラムケーキな、元々母ちゃんの得意料理なんだ。暇な時に教えてもらえばいい」  絵本作家(ほんぎょう)で忙しそうな所は見たことが無い母ちゃんだから。 「本当に?わぁ、その時はぜひお願いしたいです」  とても嬉しそうな悠里だ。 「あとな、今日ってうちの親父も誕生日なんだよ。凄い偶然だ」  本当にびっくりした、一年って365日もあるのに。 「本当か?凄いなその偶然」 「なんか光栄だわ」  しかもうちの親父も結構な霊感持ちだ、その日の生まれって何かあるのだろうか。  そういやこっちの親父はどうなのかな。俺は自分のネイティブ・アメリカンの父親のことって何も知らないけど。  そんな事を思っていたら、北が俺の頭の上をじっと見る。 「出雲」 「ん?」 「こっちの親父さんの事、何か考えたろ」 「うん」  その通りだ。 「なんか嬉しそうに”ウルフ・ムーン”って言ってるよ」  ウルフ・ムーン?なんだそれは。 「えっとね、ウルフ・ムーンはネイティブ・アメリカンの言葉で1月だって。狼の繁殖期が始まることや、仲間を見つける為に遠吠えがよく聞こえる冬の澄み切った空気の季節って意味らしいわ」  スマホでチャチャッと調べてくれた悠里が教えてくれる。こっちの親父は1月の生まれか。 「出雲が興味を持ってくれたのが嬉しいんだろ」  そうか、そんなものかな。 「悠里、4月って?」  北が聞く。 「えっとね、わ〜可愛い!ピンク・ムーンだって!シバザクラとクサキョウチクトウが山や丘を覆う感じだって」 「ピンク・ムーン…聞かなかった事にする」  確かにウルフ・ムーンほどカッコよくない。 「え〜可愛いよ!私は好き〜!お兄ちゃんはそういうのが分からないからだめなのよ」 「分かった分かった」  どうせ勝てない妹の主張。 「悠里、12月は?」  俺の月だ。 「コールド・ムーンだって。寒さが厳しくなって月が冴え冴えとする季節。日本でも冬の月は寒月って言うから同じね」 「出雲と親父さんは同じ冬生まれなんだな」  なんとなくそんな些細な事でも分かると嬉しい気がする。  今夜のメールはこれを美音に教えてよう。 「3月はワーム・ムーンで土中の虫が活発になる月で、5月はフラワー・ムーンで、あとね…」  ちょっと待て、3月のワーム・ムーンってミミズ?ミミズが活発になる月ってか。あ〜やっぱり美音には言えないな。※諸説あり。  3月は美音の月だ。がっかりしてしまう。  ケーキを食べながら三人でわいわい、悠里の高校での様子を聞きながら楽しいひと時を過ごした。  悠里はやはり美術部に入ったらしい、もちろん深雪と仁科がいる部活だ。二人が喜んで迎えてくれたという。  でも美音の件があったので部活の内容が少しずつ変わったとか。まずは展覧会や絵画コンクールへの参加が強制ではなく生徒の自由意思になった事と、教師陣による校内選考が無くなった事。  もし、美音がいる頃にそうなっていればと思う。  少なくとも美音は誰かと競うように絵を描く事は好きじゃない。 「深雪さんと仁科さんは本当は美術部を辞めようとしてたんですよ、でも私が入部してくるかも知れないからって残ってくれていたんです。それが美音さんとの約束だからって」  深雪と仁科は事件以来美術部ではかなり浮いた存在らしい。それは深雪があの時に、他の部員が美音に対して行った数々の卑怯な行為を絶対に許して無いからだ。 「いつか深雪さんがプッツン行きそうだって仁科さんが心配してます」  仁科の胃に穴が空きそうな心中は察する。 fe8d8a6d-c283-4406-bcc0-b46c175b7b0c 27aee1af-5446-4075-b0cb-96a3897dd12c
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