act.3 秋

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 間もなく志田真由子の裁判、第二審が始まるという少し前にある変化があった。  父ちゃんの勤める「時任大河法律事務所」に、志田真由子の父親と担当の弁護士がガン首揃えてお出ましになったという。 「用件は?」  父ちゃんにとって志田は不倶戴天の敵だ。そのガン首に茶も出さずこう言い放った。  向こうも歓迎される訳はないのは知っている。思い切り居心地が悪そうだったと。  ただ、担当弁護士は時任所長の知り合いだ。この後の会話は時任さんと向こうの担当弁護士が中心に行われたという。 「裁判が長引いて何よりだ、そっちがゴネればゴネるほど、保護観察期間などぶっ飛ばしてすぐに懲役を食らわせてやるわ」 「櫂、ちょっと黙って」  さすがの父ちゃんも本性丸出しだった。思わず時任さんが止めたとか。    結論から言うと、この土壇場で志田真由子側は控訴を取り下げたいと言ってきたそうだ。だからうちも取り下げてくれないかと泣きついて来たと。 「理由は?」  その意外な事情は少々入り組んでいた。  志田真由子の親は会社社長と言う触れ込みで、この田舎には珍しい貿易関係の会社を経営していた金持ちだそうだが。  自分の娘が犯した犯罪が、遥か米国ミッターマイヤー家に連なる者の孫娘を巻き込んだという噂が(噂ではなく事実)ジャブのようにジワジワ効いてきたと。  ミッターマイヤー財団は多岐に渡る事業を展開する大組織だ、この日本でも貿易の仕事を営む会社等はどんなに小さくとも絶対にどこかで繋がりは出てくる。  志田の娘が犯したその犯罪の内容もいつの間にか取引相手には漏洩し、内容は悪質で反省も見られずに未だに裁判が続くという事実が取引相手としては不適当とされたらしい。いくつかの仕事は完全に契約が解除されたという。  それは志田の会社の存続が厳しくなる位だったとか。志田は自分の娘を盲愛するあまり、物事を甘く見すぎていた。今更ながら自分が敵に回した相手の怖さに気が付いた訳だ。  志田はこのまま裁判を続ける事自体が自分たちに不利益になると判断した。正直裁判費用すら工面出来なくなる危機であると。  だが肝心の志田側は事件を反省している様子等は微塵もない、相変わらず美音に対しての謝罪の言葉にはなんの誠意も感じられない。  だが父ちゃんは時任さんから相羽恒次の裁判が無事に結審した今、こちらの件を長引かすのも美音ちゃんの為に良くないだろうと言われたそうだ。  父ちゃんは渋々控訴を取り下げる事に同意したらしい。  かくして志田真由子の刑は確定。  実刑では無いが、立派な前科者となり志田の母親の実家がある九州の山奥の町に送られ保護観察の期間を過ごすとか。  本人も二度とこの町には帰りたくないと言ってるらしいから、美音に会う機会はもう無いと思うとの事だった。  それを俺に教えてくれた父ちゃんの舌打ちが凄かった。余程志田親子をやり込めたかったらしい。  大事な娘の敵を完璧に消し去りたかったんだろうな。  大丈夫だよ父ちゃん、美音はあのまま北央高校にいるよりも確実にすごい絵描きになって帰ってくる。  無駄な時間など一切過ごして無い。  それが父ちゃんの大事な娘の生き方だよ。 e5591933-6fb8-4161-a157-3b986766a24e 自由の女神像…ベタだけどカッコイイね。  
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