act.3 秋

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 日々が静かに、それでも確実に過ぎていく。  じいちゃんと真也も手伝ってくれた我が家の畑には、自給自足出来るぐらいの葉物野菜が植えられた。冬のお楽しみだ、母ちゃん達の鍋料理が増える。  その畑の一番陽当りの良い場所には、浜田農園の大也さんから届けられた立派な桃の苗『あかつき』だ。三本程が植えられた。  まだまだ実が付くのには数年先になるけど、この木を美音と一緒に見たかったな。  そしてその用途が謎だったじいちゃんの小さな温室では、じいちゃんはなんと薔薇の栽培を始めていた。  なんか、新種の薔薇を作ってばあちゃんにプレゼントするのがじいちゃんの夢らしい。その為の勉強を定年退職後のライフワークにしていたのだ。  ばあちゃんは「薔」子さんだもんな。じいちゃんの中ではどんな薔薇が一番ばあちゃんに相応しいのだろうか。  ただその温室を見てイチゴを栽培したくなった真也が、母屋と父ちゃん宅の通路の所にある物干しサンルームで勝手にイチゴを育て始めた。  そりゃ、温室も物干しサンルームも原理は同じ様なものだけど。 『真ちゃん』と『ひかりちゃん』と名札の付いた二つのイチゴの鉢植えが置かれている。真也が自分でホームセンターで買ってきた苗だ。 「あら〜可愛いわ」  母ちゃんは呑気に言ってるけど、その内洗濯物を干す所が無くなっても知らないよ。真也は熱中するとそういう所があるから。  小さなゾウさんのじょうろでひかりと水やりをする真也は、もっとイチゴに水やりがしたいとひかりにねだられ困っていた。  その数日後、イチゴの鉢植えがいきなりあと三つ増えている事に気付く。その名札は『なぎちゃん』『みぃねえ』『かなねえ』  真也はディスレクシア(文字の読み書き学習に著しい困難を抱える障害)なので、この綺麗な文字はばぁちゃんかな。  文句が出ない男兄弟を省いた辺り真也もなかなかだ、ちゃんと成長しているわ。  とりあえずサンルームが真也とひかりの温室に決定してしまった我が家だ。  この穏やかな日常に足らないものは、俺の中ではいつもたったひとつ。  大事な美音の笑顔だけだった。 cd9cdede-c5b5-43b1-ab91-9a7e4818d527 作者宅のちびぞうジョウロ。 ディスレクシア…学習障害の一種。一般的な理解能力等には特に異常はないが、文字の読み書き学習に著しい困難を抱える障害です。俳優のトム・クルーズ、アーノルド・シュワルツェネッガーの症例が有名です。 映画の台本等を文字に頼ること無く五感をもって理解する、素晴らしい記憶力を持つ天才肌の人間が多いと言います。  
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