act.3 秋

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   もう明後日には冬休みというその日、毎日あった美音からの定期便メールがいきなり途絶えた。  美音も忙しいだろうから、たまにはこういう事もあるだろうなとその日は気にしないようにしていたけど。  メールの不着が三日目になると、さすがに落ち着かなくなった。美音に何かあったのではないかと、嫌な胸騒ぎが襲ってくる。  こういう時に文字通りの距離を感じてしまう。美音の様子を誰に聞けばいいのかすら分からない。  頼みの綱の昂輝は遠征でサンフランシスコの天武流支部だという。肝心な時にあいつはもう。  じいちゃんに頼んで、ディアおばさんに様子を聞いてもらおうか。それともカナ姉に頼んで家を訪ねてもらうとか。  でも、もしなんでもなかったら逆に美音に余計な気を使わせてしまう。けど美音が心配で仕方がない、どうすればいい?  俺ってこんなヤツだっけ!?何も手につかないんだけど。    終業式のその日は醸造所のバイトも行く気にならないくらいの重症だったが、例によって人手不足の現場だ。部活の帰りに北に引きずられる様に出勤した。  手作業で一升瓶を包装する現場では悠里まで借り出されている始末だった。これでは俺が逃げる訳にはいかない。  覚悟を決めて仕事を始める。 「そんなに気になるなら行けば良いのに、アメリカ」  あっさり言うな北、事情ってもんがあるわい。 「その為のバイトだろうが、パスポートもあるんだろ」  それはそうだが、それはあくまで美音からお呼びが掛かった時に限られている。俺の都合でどうこうするつもりは無いんだ、俺がオタオタしていては美音が不安になる。 「たまには自分に正直になれ、面倒くさいヤツだな」  うるさい、お前にだけは言われたくないわ。 「あの…拓海さん、私も深雪さんもメールの返事が返らなくて心配しています。今までこんな事は無かったのに」  悠里にも言われてしまった。  やっぱりこれは変だ、もうこれはじいちゃんに頼んでアーケイディアおばさんに連絡を取ってもらうしか無さそうだな。  帰ったらそうする…え?スマホに着信があった。もう何件も履歴がある、全部母ちゃんからだ。 「ちょっと出る」  俺は作業場を抜けた。母ちゃんの電話を取る。 「母ちゃん?」 『あ、拓海?さっきNYのディアさんからおじいちゃんに連絡があってね、美音が入院したらしくて』  なん…っ!?  一瞬、目の前の風景が凍りついた。美音が…!? 『もしもし拓海?怪我をしたとかって話じゃないの、盲腸だって。でも心配だからおじいちゃんがアメリカに様子を見に行くって』 「俺も行く」  声が震えて無かったかな。いや、そんなのどうでもいい! 「母ちゃん俺も行く!待ってて、今すぐ帰るから!」  スマホをポケットに突っ込んだ。作業場に戻り北に向き直る。 「美音がアメリカで入院したと聞いた、ちょっと行ってくる。北、悪いけど冬休みの部活当番を全部代わってくれ!隆成おじさんにもお前から事情を話しといて」 「ああ任せろ!それより美音さんは大丈夫なのか?」 「盲腸らしい」  それだけ言って作業場を出た。あとはもうこっちは大丈夫だ。  俺は上着を着るのも忘れて自転車に飛び乗った。  美音…待ってろ!俺がすぐに行くから。  美音…美音…!!
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