53人が本棚に入れています
本棚に追加
じいちゃん達が病室を出ていった後、また美音の傍らに腰掛ける。
枕元に肘をついて、右手で美音の頬を撫でた。
「拓海」
「うん」
俺の名を呼んだ美音が眼を閉じる。頬に触れていた手で顔を傾かせ、そっと唇を重ねた。
ああ…柔らかくて温かい。本当に美音の温もりだ。
今日は重ねただけでそっと離す。あまり無理はさせたくない。
「髪…伸びたな」
その耳元に囁きかける。
「うん、あの頃と同じ位だよ。拓海は変わらないね」
「ファムおじさんの所にバイトに行ってるから、ちょっとでも伸びると莉緒菜おばさんが切ってくれる」
カット代が掛からなくて助かる。あとで莉緒菜おばさんにもバイトにいけない事情をメールしなきゃな。
「あのね、あとでカナお姉ちゃんにメールして。毎日メールをくれるのにお返事してないからきっと心配してるわ」
「ああ、分かった。悠里と深雪も心配してるってさ。北に連絡して状況を伝えてもらうよ」
「うん、ありがとう」
ついでに昂輝にも連絡する。肝心な時にあいつはもう(二回目)
「スマホ、修理しなきゃな。部屋にあるのか?」
「うん、シヴァさんのお家に行ったら拓海は私のお部屋を使ってね。スマホはお部屋の机の上に置いたままだと思う」
「分かった」
誰かに聞いて修理に持っていこう。こっちだとどうすれば良いのかよく聞いて。
あ、あいつをバックから出さなきゃ。
「待ってろ」
病室の隅に置きっぱなしになっていた自分のバッグからあるものを取り出す。白と黒のフカフカしたヤツだ。
「ほら」
美音の顔に押し付ける。うぷっと声が出た。
「何?あ、パンダ!」
正解。美音がそれをギュッと両手で抱き締める。
「可愛い…フカフカね」
「父ちゃんのパンダに似てるだろ」
昔、美音が父ちゃんに初めて会った時にプレゼントしてもらったパンダのぬいぐるみ。美音がずっと大事にしていて、今も俺達の部屋の本棚に鎮座している。あれと全く同じスタイルでお座りしてるパンダだ。顔がそっくりは仕方がないが。
「本当は父ちゃんのパンダを持ってこようかと思ったんだけど、あれはデカいんで諦めた。そしたら成田でそれを見つけてさ」
「どうして?」
「父ちゃんが見張ってたらお前も無理は出来ないだろ、それはウチの父ちゃんの代わりだ」
命名、元祖俺様パンダ。
「お父ちゃんなの、この子?」
「そうだ」
「お父ちゃん可愛い」
またぎゅっと抱っこだ。
「うん、お父ちゃんと一緒に頑張る。ありがとう拓海」
まだ留学期間は8ヶ月以上ある。これからも長い。
「それとこれな」
こっちはパンダより大分小さい手のひらサイズだ。空港の売店でパンダと並んでいた豆柴犬のマスコットだ。
「これは俺だ」
父ちゃんよりもだいぶ小さいのが不本意だけど、豆柴のキリッとした顔付きが気に入って買ってきた。
「いつだって美音を護ってるからな」
「うん…!」
涙目の美音が、パンダと豆柴を抱き締めた。
そのまま夜になりアリッサさんが俺を迎えに来てくれるまで、俺はずっと美音の手を握っていた。
最初のコメントを投稿しよう!