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アーケイディアおばさんの家に着くと、そこは古い5階建てのビルだった。昔の古いオフィスビルを丸ごと買って、それを住宅用にリフォームしたのだという。
一階部分にはインド料理の小さな店舗がある。今は市内の数カ所に店を構えるディアおばさんのカレーチェーン店の、最初の一号店だという。
「コーキはこの店でバイトしてます」
本当に普段だったら美音も、すぐに昂輝に会えたのだろうに。
クリスマスの今日、ディナーにインド料理店はどうなのか分からないけど、とりあえず繁盛はしているようだ。
こんな日に俺とじいちゃんを空港まで迎えに来てくれたシヴァさんご夫婦には本当に感謝だ。
「タクミ、ここからオウチです」
店舗の入口とは別のドアに本格的な蔦製のクリスマスリースが掛けてあった。ここがアリッサさんたちの住宅への入り口か。
ドアを開けると温かい色の照明が照らすその内階段を昇って行った。でもすごく寒い、一応室内なのに外と余り変わらない気温だぞ。
なんか異様だ。
二階のドアから中に入ると、そこが玄関とリビングスペースのようだった。でもまだ寒い…なんだ、この家?
一応暖炉があって、その前に数名の子どもたちとウチのじいちゃん、じいちゃんにちょっと似た雰囲気の女性もいる。この人がアーケイディアおばさんか。
「拓海、お疲れ様。美音は大丈夫だったかい?」
「はい」
俺はそのディアおばさんと思われる女性の前に出てお辞儀をした。
「初めまして、出雲拓海です。よろしくお願いします」
「はい、あなたがタクミね。お話は聞いてるわ、アルとショーコの自慢の孫で、ミネが大好きだというお兄ちゃんでコーキの弟ね」
ディアさんはちゃんと綺麗な日本語だ、これなら美音は大丈夫だったな。俺はじいちゃんたちの自慢の孫になりたいとは思っているけど、まだまだの孫だ。
「アリッサは会っているわね、あ、ヴェルダ!タクミが来たの!」
「は〜い」
クリスマスのでっかい鳥(七面鳥?)の丸焼きを色んな野菜で飾り上げた大皿を持った小柄な女性が現れた。アリッサさんより若くはないが、可愛い雰囲気のおばさんだ。
「Well, you are Takumi! Minne's proud brother. Regards, I'm Verdad, the bride of my eldest son, Siva.(まぁ、あなたがタクミね!ミネ自慢のお兄ちゃん。よろしくね、私は長男サイヴァの嫁のヴェルダよ)」
差し出してくれた手を握って握手だ。言ってることの意味はなんとなく分かった。
この人はじいちゃんの跡を継いで、ミッターマイヤー社の日本支社長をやってるというディアさんの長男サイヴァさんの奥さんか。話だけは聞いてる。
「あとはみんなヴェルダとアリッサの子供達だよ。一番上が男の子で15才のジェイ、一番下は女の子で5歳のクレア。その間にミッキー、ハーレイ、ジャニス、サッシー、メーヴェ、アルナ、8人もいるから、お話しながらでも覚えてあげて」
8人もいると以下略か、さすがおっかさん。
「今日は疲れたでしょ、タクミは荷物を置いて食事をして早くお休みなさい。ジェイ、タクミを美音の部屋に案内して」
「はい」
一番年長だという男の子が来てくれた。結構身長が高いな、170cm近いか?隣の山岳と同じ歳なのに外人は全然違う。
でもなんか嫌な目付きだ。身長は俺の方が高いのにこっちを見下しているみたいな…?
「here(こっち)」
そのジェイという子に付いて又、階段を上がる。4階までは登った。
そのフロアは部屋のドアが4つある。
「This is Mine's room, and that door is me and my brother Harley's room.(こっちがミネの部屋、そっちのドアが俺と弟のハーレイの部屋だ)」
「分かった、ありがとう」
俺が美音の部屋のドアに手を掛けた。
「I thought all the Japanese were tiny like Minne.You are tall.Isn't that red eye a pure Japanese?(ジャパニーズはみんなミネみたいにチビかと思ってた。あんたはデカいな。その赤い瞳は純粋な日本人じゃないだろう?)」
「なに?」
好意的じゃないどころか侮蔑的か。俺が英語が分からんと思ったか。ニヤニヤしてやがる。
「Be careful of how you speak. Not all Japanese people understand English.(口の利き方に気をつけな。日本人も英語が分からんやつばかりじゃない)」
「what?」
「If you say that to Mine, it won't be free(もし美音に向かってそんな口をきいていたらただじゃおかないからな)」
俺にもこの位は言えるさ。
いきなりジェイがビビった顔をした。俺が大人しい性格に見えたなら何よりだ、さすがに美音の世話になっている家のガキとやり合うつもりは無いが。
俺は美音の部屋に入った。
きれいに整頓されこじんまりとした美音の部屋。机の上には画材が重ねられ、その片隅に例のスマホが置かれていた。
部屋の第一印象はなんか嫌な雰囲気だ、一言で言えば寒々しい。さっきのジェイ同様に余り歓迎されていない感じだ。
俺は俺と同じ型で色違いの美音のスマホを手に取る。充電器に乗っていたのに電源が入らない。完全に故障だ、これでは確かに不安だったろう。
ベッドは標準のシングルだ。良かった美音のサイズなら俺は足が出てしまう(笑)
とりあえず貴重品とスマホをポケットに入れて部屋を出た。悪いが初対面でいきなりああ言う軽口を叩くガキが隣に居るんじゃ、いくらじいちゃんの身内の孫だろうかなんだろうが信用できない。用心はさせてもらう。
そのまま先程の居間に降りて、キッチンで何か手伝うことはないかと聞く。
疲れているだろうから良いよとヴェルダさんもアリッサさんも言ってくれるが、それでも出来上がった料理を運ぶのを手伝う。
この家の男衆は皆まだ仕事で、今からクリスマスの食事だと言うのにそれを頂くのはそこにいた女性、子供達と俺達だけだ。
その後、食事を頂いて俺はすぐに部屋に戻った。その間もジェイは時々俺の方をチラチラ見て、多少居心地が悪そうだったがそれはどうでも良い。
そういえば今日はこの家に泊まらせてもらえるのは良いけど、明日はどこか別に宿を探さないと。まぁ心当たりがあるから良いや。
じいちゃんが泊まるひとつ上のフロアの客間にはバスルームがあるらしい。着替えを持ってそちらに行くとじいちゃんも部屋にいてくれた。
この部屋は美音の部屋よりは雰囲気がだいぶマシ。
「じいちゃん、バスルーム借りるね」
「ああ、お入り」
シャワーだけ浴びればいいや。明日も美音に会いにいくつもりだから、汗臭いのは嫌だ。
手早くやる事をやって、すぐにバスルームを出た。
「早いな、ほら」
じいちゃんが笑いながらミネラルウォーターのペットボトルをくれた。近くの椅子に腰掛けてその封を切る。
「じいちゃん、俺は明日も美音に会いにいくね。約束したから」
「うん、そうだね。私は明日実家に行く用事があるからその後に行くよ」
ミッターマイヤー家の本家か。じいちゃんの父ちゃんは亡くなっているけど、母ちゃんはお元気だと言ってたもんな。会いにいくんだね。
「じいちゃん、今日アリッサさんに迎えに来てもらって思ったんだけど、あの病院ってここから意外と近くない?」
「ああ、多分歩いても30分位だと思うよ」
やっぱり。じゃあ明日は地図アプリを見て行こう。
「無理をしないでキャブを使いなさい、明日乗せてあげるから」
「いや、大丈夫。一人で行かせて」
「心配だな、拓海は外国は初めてなのに」
「大丈夫だよ、変な所には行かないから」
その後も散々心配するじいちゃんを説き伏せて自分の部屋に戻った。
そしてさっき暇を見て出しておいたメールの返事が来てる事を確認する。北と昂輝はあとで良いや。
肝心なのはカナ姉だ。美音が病気で入院した事を教えて、俺が今NYに来ている事を伝えた。
メールの返事は来ている。一言、「すぐに電話をちょうだい!」
了解です、カナ姉。
俺はその場で電話を掛けた。
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