act.4 他人事のSilent Night

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 カナ姉に会えて美音もホッとしていた。  メールの返事がないのを心配したカナ姉は、今日辺り美音を尋ねるつもりだったという。 「お母ちゃんも私に連絡してくれれば良いのに」  美音の手を取って泣きそうだったカナ姉が、今度は実家を怒ってる。 「言えば心配して泣くでしょ、カナ姉(あなた)は」  今だってそんなんだし。 「手術の時に駆けつけることは出来たでしょ!眼が覚めたときに家族が誰もいないなんてひどいわ」 「カナ姉大丈夫よ、気がついたら手術は終わってたし、しばらく朦朧としてて全然覚えてないのよ。気がついたら目の前に拓海がいた感じ」  美音は倒れてから意識が無いまま手術だったんだな。 「一番は昂輝よ、こんな時に遠征なんて…大事な妹が痛い思いしてるのに本当に間が悪いわ、昂輝はもう!(三回目)」  それは俺も思った。俺が昨日メールするまで、あいつは美音のこんな状況を全く知らなかったんだもんな。  さすがに絶句してたけど。まぁ代わりにウォルフをお使いに出されるのも嫌だし、仕方がない。 「でも拓海が来てくれて良かったわね、おじいちゃんにも会えたのよね?」 「うん、あのね。お姉ちゃんこれ見て」  美音は枕元のパンダと豆柴マスコットを指差す。 「拓海が持ってきてくれたのよ、お父ちゃんパンダと豆柴拓海」 「あらぁ」  豆柴の俺は言わんでいい。 「そっか、私と美音はお父ちゃんといえばパンダだもんねぇ」 「でしょ、だからもう大丈夫よ」  二人でウフフと楽しそうだ、相変わらず仲がいい。 「拓海は今日から帰国までの間、私のコンドミニアムにいるからね。もう舎監の許可は取ったのよ、日本から弟が来てるって」 「そうなの?拓海、おばさんちじゃないの?」 「なんかあそこは居心地が悪い」  とりあえずあのガキも気に入らんし、なんかヤダ。 「そうなんだ…お姉ちゃん、拓海をよろしくね」 「うん、任せて。大事な弟だもんね、ちゃんとご飯も炊けるから安心して」  米のメシが食えるのはありがたいな、こっちに来てからはパンしか食ってない。 「あ、俺朝メシ食いそこねた」  今朝は急いでいたから。 「もう売店が開いてるんじゃない?何か買って来なさい、ほら!」  カナ姉に10ドル札を握らされる、この歳になっても姉ちゃんに小遣いをもらうのはなんだぞ。 「ほら、早く!」  病室を出されてしまった、全くカナ姉も相変わらず過保護なんだから。  エレベーターで1階まで降りて、日本のコンビニとあまり変わらないその店でパンとコーヒーを買った。本当はおにぎりと温かいお茶が欲しかったがさすがに無い。  そのまま病室に戻って行く。  部屋ではさっき看護師が持ってきたアメニティセットでカナ姉が美音の顔を拭いたり、顔を傾けて歯磨きをさせたりしている。 「あ〜さっぱりした」 「背中とか拭こうか?」 「まだ大丈夫、ありがとうお姉ちゃん」  一応腹に開腹手術の傷があるもんな。左胸の上部に持続で入っている点滴は抗生物質と痛み止めらしい。  二人の様子を見ながら、よくわからない甘過ぎるフレンチトーストのような物を食べた。とりあえず腹に何か入っていれば良い。 「お姉ちゃんね、この近くのホテルのエントランスでピアノを弾くバイトがあるの。今は日本で言うクリスマス休暇だからあと2日位。休憩を挟んで15時までだから、それが終わったらまた来るわね」 「うん、お姉ちゃん」  病室を出るカナ姉に手を振りながら見送った。  今日からカナ姉の部屋に居候だから宿の心配が無くなって良かった。この事を昂輝に言ったらエラく悔しがってたけど。  コンドミニアムの舎監に俺が滞在の許可を取る時、カナ姉は俺達兄弟の幼い頃の写真を持って行ったんだそうだ。(それを持ってるのがやっぱりカナ姉だ)  普段は中々許可にならないけど、この弟がこの妹の看病にわざわざ日本から来たんですと涙ながら説明したらしい。そういう事情ならと許可が出たと。  そう簡単に泊まれる所じゃ無いんだと昂輝は知っていたワケだ。  その後、看護師もやってきて検温と問診。美音が昨日よりも元気であると言ってくれる。お兄さんに会えて嬉しいんだね、と。美音が笑顔で頷く。  今日の昼からゼリー状の果汁だけでなく、オートミール等が流動食になった物を出してくれるそうだ。どっちにしても美味しくはなさそうだが。  ある意味、記憶に残るクリスマス時期のディナーではあるよな。  美音の傍らに座りながら、昨日から届いていたメールをチェックする。  父ちゃんと母ちゃん、ばあちゃんと莉緒菜おばさん。こっちは美音の様子を知りたいメールだ。さっきカナ姉と一緒に笑顔でパンダを抱っこする美音の写真を撮って「順調に回復中」とメッセージ。はい送信。  問題は北の方、深雪と悠里のメールを転送してきた。美音が手術をしたと聞いて、二人ともとても心配している。  こっちも美音のパンダ付き写真と、俺が付いているから大丈夫と一言。  予定だと美音が退院するまではこっちにいられるはずだ。  そして北。  やっぱりこいつの一言がある意味、一番的を突いてる。最初のディアおばさんの家に着いた時に確認したメールでは『そこは長居するな』だもんな。  あの家のガキと会う前だったから、北には既に何が見えていたやら。  いや、ひょっとしたら見えていたのは俺の父親の方か。ネイティブの父さんの。  とりあえず今日からカナ姉の家に居候だからとメールをする。北からはホッとしたような返事が来た。  嫌な予感は当たるもんだ、は俺の子供の頃からの経験値だ。回避行動が無駄になるなら、それはそれでいいんだ。  美音と色々な話をしながらその日を過ごす。日本での俺の話だったり、こっちでの美音の話だったり。  その中で、新しい家に引っ越した北兄妹の話もする。  悠里がアトリエに出来る部屋をもらって深雪と仁科が遊びに行ったとか、その時に仁科が醸造所の中に絵を描きたい場所を見つけたらしく、それを隆成おじさんに頼んだら代わりにバイトする羽目になったとか。本当に色々だ。  美音の方も描きかけだったプラタナスの葉っぱが落ちちゃうのが残念とか。学校の講師のこういう人の描く絵が素敵だったとか。クラスメートの中にも素晴らしい絵を描く人がいるとかそんな話も聞く。  その中でも最近の美音が気になる絵は、俺と同じネイティブ・アメリカンの血筋のヤツが描いた絵だという。 「インディアン文様って呼ばれる幾何学的な三角とか四角の文様があるの。ナバホ文様とか代表的でね、その子の絵にそれがさり気なく描かれていてとても素敵なの。人物の衣装とか背景とか」  例のジョニー・デップか。  美音がそんな風に言うやつの絵をちょっと見たい気はするけどな。 671e6ed3-3ac3-488f-89c4-9425cd59d47c
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