51人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
姉が大変お世話になっておりますとかなんとか。自分でもかなりちゃんとしたご挨拶が出来たと思う。
全然似てない姉弟だけど、その辺はカナ姉が説明済というから大丈夫なんだな。
部屋に入って驚いた、いきなりダイニングスペースにグランドピアノだ。
印象はピアノの他には何も無い(置けない)部屋。でもエアコンがしっかり効いていて暖かい、玄関で靴を脱ぐ日本式も嬉しい。
「完全防音よ、24時間ピアノを弾くための部屋。さすがに余裕的にはヴァイオリンとかフルートとかの連中が羨ましいけど」
そっちはスペースを取らないからな。
「まぁTVもあるけど余り観ないし一人ならこれで十分よ。こっちがバスルーム、そっちがトイレ。洗濯機は脱衣所のここ、あっちに狭いけど寝室。一応コンドミニアムタイプだから設備はちゃんとしているわ」
コンパクトにまとまってるけどなんか落ち着く。やっぱり部屋の雰囲気が温かい、室内の所々に飾られた花や、沢山ある俺たち家族の写真がカナ姉らしい。
「拓海、今お風呂にお湯を張っているから入ってのんびりしなさい。お姉ちゃんは晩ご飯を作ってあげる」
「うん、ありがと」
ピアノの向こうに小さなソファとテーブルが置かれている。ピアノの脇をすり抜けてそこに行く。
「このソファが折りたたみのベッドになるから拓海はここでいいかな。毛布はあとで出してあげるわ」
上着を脱いだカナ姉がキッチンスペースに行く。小さな冷蔵庫から野菜を取り出しているのが見えた。
このソファ周りがしばらく俺のスペースで良いのか。ディバッグを卸してホッと一息。
カーテンが引かれているけど外はどうなっているんだろう。確かここは10階建ての7階だったけど。
「カナ姉、カーテン開けていい?」
「良いわよ、ちょっとだけ夜景が綺麗よ」
カーテンを開けると確かにこの建物が面している通りが見える、街路樹のイルミネーションが綺麗だ。良かった、カナ姉の住んでいる所が殺風景じゃなくて。
「風呂に行ってくる、ついでに洗濯してもいい?」
「ええ、乾燥機付きだから明日の朝には全部乾くわよ。洗剤は置いてあるわ、タオルは脱衣所の棚のをどれでも使ってね」
乾燥機付きはありがたいな。着替えの下着とTシャツハーパン以外は全部洗っちまおう。
汚れ物もろもろを持って風呂に向かった。
脱衣所に置かれた縦長の洗濯機に汚れ物と洗剤を入れてセットする。
そのまま俺はカナ姉がお湯を張ってくれた風呂の方へ。ゆったり入れる久々の湯船だ、超嬉しい。
こういう所が俺ってやっぱり日本人なんだよなと思ったりする。半分だけどね(笑)
けど考えてみたら俺は今、ネイティブ・アメリカンの親父の国にいるんだ。来る時は美音の事に必死で、全然実感が無かったけど。
湯船にゆっくりと浸かりながらその事に想いを馳せる。俺に似てるという父親は、今もきっと俺の傍にいるのだと思う。
米国にいる俺を、あの人はどう思っているのだろうか。
「通訳おらんからなんとも分からんか」
俺はそう呟いて笑った。
インディアンとネイティブ・アメリカンの違いってなんだっけ。
俺はインディアンは例のコロンブス侵略者達が勝手に名付けた侮蔑的な名称だから、それをこの国の先住民族に使うのは失礼かと思っていたが、当の本人達は今はさほど拘らないという。
逆にネイティブ・アメリカンという名称が、この国の白人による最悪な侵略と虐殺の歴史を隠そうとしている名称だという話もあるのだ。
だから先住民族にそれを聞くと、彼らはそのどちらでもなく部族名を答えるという。
「ホピ」「ズニ」「ナバホ」「シャイアン」「ラコタ」「チェロキー」「シオックス」他にも沢山の部族がある。
彼らは今も先祖から受け継いだ自分の血に誇りを持って、苦難の歴史を越えてこの国に生きている。
インディアンでもネイティブ・アメリカンでもそれはどちらでも良い事なのだ。どちらにしてもそれは彼らではないという。
彼らはあくまでもこの大陸の原始の魂だ。
「俺の父親はどこの部族の出身だったのかな」
なんとなく考える、そしたらこの広い北米大陸のどこに住んでいたのかも分かったのかもしれない。
それでも彼は、今この国にいる俺を喜んでくれているのではないのだろうかと思った。
最初のコメントを投稿しよう!