act.5 護るべきもの 

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 ゆっくりと湯に浸かっているとカレーのいい匂いがしてきた。  ディアおばさんの店の様に本格的なインドカレーじゃない、これは我が家のカレーの匂いだ。  大きな野菜がゴロゴロ入っていて、ルーは色んなメーカーのをブレンドして使っている。肉は豚肉で生姜とにんにくのすりおろした物が沢山入って、身体がとても温まる母ちゃん特製のカレー。俺と昂輝の大好物でカナ姉も美音も得意料理だ。  まさかアメリカで食えるなんて最高だ、あのカレーで白米を思いっきり食べたい。  ダメだ、もう風呂を出よう。急に腹が減った。タオルで髪を拭きながらリビングに戻る。   「ちょうど出来たわよ」  例の小さなテーブルにカレー鍋とコールスローサラダ。直ぐ側に炊きたてのいい香りがする炊飯器だ。そしてなぜかラーメンのデカいどんぶり。 「どんぶり?」 「いっぱい食べたいと思って」 「うん!」  さすが我が姉は分かっている。 「いただきます!」  俺はカナ姉が山盛りにしてくれたカレーライスを食べ始める。本当にちゃんと我が家の味だ、一瞬ここがアメリカなのを忘れる。 「姉ちゃん、すごく美味い」 「そう?良かった。拓海も美音もこのカレーが大好きだもんね」 「うん、我が家と同じ味だ」 「お母ちゃんがカレー粉を送ってくれたのよ、こっちでも食べられて嬉しいわ」  それでか、カナ姉は外国で自炊だから心配しているんだね。 「このカレーはこっちの友達にも好評でね、一度食べさせたらまた作ってくれって。日本のカレーなのにインド人の友達も喜んで食べてるわ」  カナ姉もちゃんとこっちに友達が出来ているんだ。良かった、大阪ではいつもピアノピアノでカナ姉があまり友達と遊んでいた記憶がなかったから。 「おじいちゃんはうまくディアさんにお話出来てるのかしら」  あの事か。 「納得してくれなくても仕方がないけどね、でも俺もあいつの人種差別発言は聞いてる。あの年齢(トシ)であれじゃ、先が楽しみ過ぎる」  自分が有色人種(カラード)の血を引いているのも忘れてるんじゃ無いのか?あいつに比べりゃ美音の方がよっぽど色白だ。 「よく白人至上主義の連中が有色人種を差別したりしてるけど、それとはまた違うパターンよね。変なの」  この時代に日本人をジャップとかいうガキだからな。 「ただ単に日本人が嫌いなだけなら俺らは付き合わなきゃ良いだけだ。美音をあいつから離せばそれで良い。明日は昂輝にも会えるし手伝ってくれる」 「そうね」  結局俺は大盛りのどんぶりカレーを二杯も食べた。我が家のカレーはやっぱり美味すぎる。 「片付けが終わったらお姉ちゃんは二時間くらいピアノを練習してもいい?眠いかな」 「当然良いよ」  こっちは居候だ。 「カナ姉のピアノも聴きたい、録音して美音にも聴かせてやろう」 「そう?わかった」 「洗い物は俺がやるから」 「あら、頼んじゃおう」  そういうのも喫茶店のバイトで慣れてる。  食器を重ねてシンクに持っていく。残ったカレーはまだある。明日も食えるな、嬉しい。  カナ姉がウォーミングアップを始めた。  洗い物を終えた俺が、カナ姉の淹れてくれた温かい麦茶(笑)の前に座りスマホを手に取る。昂輝からのメールが着信していた。さっきカレーの写メを送ったのだ。 『食わせろ〜!!』  恨み節か。はい、スルー。 「拓海、美音はあれが好きよね。ディズニーの『いつか王子様が』」 「ああそうだ、よくカナ姉にリクエストするね」 「美音の王子様は『いつか』じゃなくて『いつも』そこにいるのにね」  姉ちゃん、それはちょっと恥ずかしいって。 「よし、ではディズニーメドレーを行きましょうか。まずは『いつか王子様が』」  カナ姉があの特徴のあるオープニングを柔らかく弾き始める。俺はそれを動画に撮り始めた、きっと美音が喜ぶ。  その後は美女と野獣、その次はイッツ・ア・スモールワールド、シンデレラのテーマと続く。全部美音が好きな曲だ。  俺は久しぶりの心地よいカナ姉のピアノに、目を閉じて聞き入っていた。 acf2f133-8383-4b59-9830-ac85dfaf84a8      
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