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「だからね、ジェイも反省してるのよ。もう二度と美音に失礼な事を言わないって言ってるし、あれは心にも無い事を子供の勢いで言ったの。許してあげてタクミ!」
俺と昂輝が到着した途端にディアさんが勢いよくまくし立てる。ヴェルダさんも日本語はよく分からないだろうが頷いている。アリッサさんもだ。
なんなんだこの家の人間は、俺には理解できないぞ。
そこで俯いてるジェイからは、とても反省してるような雰囲気はない。ただ、余程この家の人間達から責められたのか、かなり憔悴してる感じだけだ。ついでに納得もしていない感じ。これでこいつの反省を信じろと?
「私達からミネを取らないで!私達はみんなミネが大好きなのよ、クレアなんてミネがいなくて毎日泣いてるのに」
いや、それは何か違くないか?単に子守が居なくなるから困るようにも聞こえているけど。
そう言うディアさんの側でじいちゃんが溜息だ。じいちゃんにはジェイが反省してる訳じゃ無いのは分かりきっているよな。
ただ一応世話になった身内の手前、今は強く言わず様子を見てる感じだろう。
俺はディアさんの前を通り過ぎ、俺と視線を合わせないようにしてるジェイの前に行った。
「昂輝、通訳頼む」
昂輝も俺の近くに来る。
「家族に美音の事を責められて仕方なく自分の非を認めたか。お前にはプライドが無いのか根性なしが」
昂輝がキッチリ通訳してくれる。ディアさんたちが凍りつくのか分かった。
途端、いい顔で俺を睨み返すジェイ。上げた顔には平手で殴られた様な痕もあった、誰か家族に殴られたんだろうな。
「アメリカ人アメリカ人とプライドを振りかざしていたそうじゃないか。どんなつもりで美音をジャップと呼んでいた?一度や二度じゃ無いよな。それがちょっと家族に責められた位でそれか、それを根拠のないプライドと言うんだ見苦しい。お前の言うアメリカ人はそんな情けない連中か」
ジェイの目の色が変わった。いきなり立ち上がる。
「うるせぇジャップ!」
はい、簡単に本性暴露。反省してる訳がないじゃないかコイツがよ、身内に言われて反省する位なら最初から軽々しくジャップなんて使わんよ。
「お、俺は本物のアメリカ人だ!!アメリカ人は世界で一番成功している優秀な民族なんだ!!お前達日本人はアメリカの真似ばかりしている国じゃないか、今もアメリカの庇護がなければ国として成り立つかすらもあやしいクセに!!お前達はもっとアメリカ人を敬えよ!!戦争で負けた国の人間が俺に意見するな!威張り散らすな!!」
ディアさんがああ…と、小声で悲鳴を上げた。じいちゃんは気の毒そうにその姿を見ている。確かにこれじゃ何も言えないわな。
なるほど、これは酷いもんだ。こういうステレオタイプのアホは周りにいないから却って新鮮だ。とうとう80年前の戦争まで持ち出して自己弁護を始めやがった。昂輝も通訳しながら目一杯呆れている。
「お前、幾つだ?俺とそう変わらん年齢だと思っていたのは俺だけか。まさか80年以上前の戦争を持ち出すとはな、無知もここまで来たら犯罪レベルだ。せめて自分の言葉で言い返せないのか」
「なに…!この…!」
「本当に話にならんな。お前は何が言いたいんだ?このアメリカという国はネイティブの住人からお前達の先祖が簒奪して略奪して築いた国だ。その手段については俺は語る資格はない。だが、お前の先祖は間違いなくここを自分達の国にする為の礎を築いて、その後、じいちゃんのじいちゃん達がその国を発展させようとずっと頑張って戦って来ているんだ」
「……」
「そして今もお前のじいちゃん達父ちゃん達はこの国をもっと豊かに良くしようと働いている。それは全てこの国の子供達も含めた人々の為だ。この国に暮らす様々な人種を全てアメリカ人の同胞としてな。お前にもインド、ドイツ、更にもっと色んな国の血が流れているんだろうが。様々な血を受け入れて来たのがアメリカという国だろうが!それなのにこの国に学ぶ為に異国から訪れた人間を、なぜお前は卑下できる?」
多民族国家を理解できないのなら、アメリカ人を名乗る資格は無いだろう。
「お前はバカな偏見に凝り固まって日本人を認めない。お前はただ日本人だというだけで現代のアメリカ国籍を持つ日系人すらもジャップと蔑むんだろうな」
「……!」
「この国を誇るのもアメリカ人であることを誇るのも勝手にすればいい。だがお前はまだ、この国の為に誇れる何もやってないただのガキだ。お前こそがアメリカ人を名乗る資格は無い」
「こ…この…!」
「この国で生まれただけでアメリカ人を名乗れるならこの俺もそうだ。俺の実の父親はこの国のネイティブ・アメリカンだからな」
じいちゃんも昂輝も驚いた眼で俺を見た。そういえばまだ言ってなかったっけ。
「だが俺はこの国に対して何もしていない、そう名乗るつもりも資格もないって事だ。俺は日本人の父に育てられてその家族に愛されて育った。そこにいるアメリカ人のじいちゃんも俺を大事に育ててくれた俺の大切な家族だ、国籍も人種も俺には関係ない。どれだけ自分がその人達に愛されて育って、その人達に恥じないような人間になる事だけが一番大事なことなんだ。根拠の無いプライドを振りかざすお前は今の自分をいったい誰に誇れる?それをお前の言葉で聞かせてみろ」
下を向いたジェイの眼から悔し涙が溢れ落ちた。反論するならそれを聞きたかったが、やっぱりコイツはただの考えの足らないガキだ。ここまでだな。
「覚えておけ、俺は今のお前を絶対に認めない。だから俺の大事な家族である美音を、そんな空っぽのお前の傍には絶対置きたくない。それだけだ」
泣きながらも俺を睨みつけるジェイだ。言いたい事があるのならいくらでも聞いてやるというのに、結局何一つまともな言葉にならないんだろうが。
「大方、どこかで聞きかじったジャップという言葉を本物の日本人である美音に使いたかっただけだろう。その言葉の持つ本当の意味も重ささえも分からずにな、ちっとはマトモに現実と向き合え。お前はただの物知らずのガキで、その無知のせいで自分を育ててくれた大事な家族に大恥をかかせているんだ」
更に黙り込むジェイ、少しは俺の話した言葉が通じているといいと思う。そうでなければディアさん達が余りにも気の毒だ。
「自覚しろ、お前は余りにもガキ過ぎる。なんの為に男に生まれたんだ?今のお前は大事なものを何も護れないただの駄々っ子だ」
俺はディアさんに向き直った。
「美音が沢山お世話になったのに、お孫さんに酷い事を申し上げてすいません。美音はディアさんもご家族も大好きだと俺に言っていました。俺とじいちゃんが美音を彼から離すのは、俺達のわがままだと思って下さって結構です。本当に美音への沢山の愛情をありがとうございました」
そして深々と頭を下げた。ディアさんも泣いていて首を振っていただけだ。
その後、俺と昂輝はエルンストが持参してくれたダンボールに美音の部屋の荷物を詰め込んだ。
絵の道具と着替え、学校の物以外に余分な物が殆んど無い部屋だった。あんなに雑貨が好きだったのに、こっちで買ったりした物は殆んど無い。
絵以外の事で街に出掛けて買い物とかしなかったんだろうか。
10ヶ月もの長い間、学校とこの部屋の往復だけが美音の生活だったんだ。
最後に美音の大きなわちふぃーるどというキャラクターのトランクケースを手に持つ。このデカい猫が描かれたトランクは、留学前にじいちゃんが美音に買ってやった物だ。美音がとても大事にしているから俺が運んでやらないと。
俺は入口付近にいたアリッサに頭を下げた。アリッサは複雑な笑顔で見送ってくれた。
俺の後には昂輝もダンボールを持って付いてくる。
下の道路に待っていてくれたエルンストの車に荷物を積んだ。後部座席に乗り込み、あとはじいちゃんを待つだけだ。
じいちゃんには色々丸投げをしてしまった。本当に申し訳無い、あとでしっかり謝ろう。
「拓海」
「あ?」
「兄ちゃん、お前がこの国の先住民族の血を引いてるって知らなかったんだが」
「俺も最近知った」
北がいなけりゃ一生分からなかったと思う。
「別にいいじゃん、俺は俺だ。出雲櫂の息子でアルフォート・ミッターマイヤーの孫、そして昂輝の弟だ。でも俺をこの世に生み出してくれたネイティブ・アメリカンの父にはちゃんと感謝をしているよ」
俺はそれ以外の何者でなくてもいい。
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