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しばらくして車に戻ってきたじいちゃんから、移動中に色んな事を聞いた。
あいつは自分の父親がミッターマイヤー商事の日本支社長で、日本人の部下もいっぱいいるのを見ていたから、日本人は偉くないと勝手に思いこんでいたらしい。
学校で習う歴史でも、前の世界大戦ではアメリカは正義の味方だった。ヒロシマ・ナガサキの原爆は戦争を終わらせる為に必要だったと習ったとか。
なる程その偏見だらけの教科書と教師と、ジェイを野放にしていた甘々な家族のせいでああ言うバカが一丁上がりだ。
アメリカ人の行ってきた事全てが正義だ、だからこそ世界の国々はアメリカに学ぶのだと信じていたのだろうな。
その後の朝鮮戦争やベトナム戦争も、どんなフィルターが掛かった目で学んだのやら。
学校でも大人しい日系人やアジア系の子に暴言を吐いて注意された事があるとディアさんに聞いてきたと。
「ディアとヴェルダが相当なショックを受けていたよ。あそこまで酷いとは思わなかったらしい」
子供だからと相当に甘やかしていたんだろう、現実を見なかったのはあの家族も一緒か。あとはそいつの父親の責任だな。
いるんだよな、自分の親父が偉いからって自分も偉いって勘違いするバカ。
「美音がディアのファミリーに可愛がられていたのも確かな事実だし、ジェイの心無い暴言を浴びていたのも事実だ。私はその事実だけを見るよ」
じいちゃんも自分の荷物を全部引き上げて来た。今日からはひと足早くエルンストの家にお世話になる。
「あとはサイヴァの責任だ、あの子は私の後任として日本支社長をしっかりやってきた。私が現役時代のこちらの会社でも評価は抜きん出て高かった。だがそのせいで家庭を省みなかったのかも知れない。ここからどうするのか、今度サイヴァとじっくり話をしてみる」
そこであとは知らないふりを決め込まないのがうちのじいちゃんだよな。
「よし、着いたぞ。我が家だ」
程なくエルンストの運転する車が15階建てくらいのマンションの前に着く。
じいちゃんと昂輝と三人で手分けして美音の荷物を車から降ろして持った。
重いものは無いから大丈夫、かさばるのは相変わらずデカいスケッチブック類。そのままマンションの前でエルンストを待つ。
「拓海、あそこに10階建てのビルがあるだろ。カンバンが見えるか?」
カンバン?あの通りの向こうの白いビルか?
あ、天武流NY支部道場と日本語で書いてある。あれがそうか。
「エルンスト師範はうちの道場が近いからずっとここに住んでるんだ。俺も稽古帰りによくお邪魔する」
なる程、歩いて5分も掛からないな。これは便利だ。
地下の駐車場に車を停めたエルンストが戻って来る。
「うちは12階だ、エレベーターはこっち。俺はトレーニングも兼ねてなるべく階段を使うが」
それはお一人の時にお願いします。
エルンストの後を追って4人でぞろぞろとエレベーターだ。エレベーターは外が見える構造で防犯カメラもちゃんと付いている。建物はちょっと古いがとても頑丈そうだ。
エレベーターを降りてすぐのドアがエルンストの家らしい。インターフォンを押すとすかさず中からドアが開いた。
「イラッシャイ、アル、コーキ!ハジメマシテ、タクミ!」
こじんまりとしてふくよかな、亜麻色の髪の優しい笑顔の女性が出迎えてくれた。ちょっとうちの母ちゃんに雰囲気が似ている気がする、年齢はずっと上だと思うけど。
「妻のフリーデだ、日本語は殆んど出来ないが大丈夫、そこは愛情でカバーする」
エルンスト言ってくれる、美音は日常英会話位は大丈夫だからきっと問題ない。
「Please come in!Mine's room is ready,(どうぞ!美音のお部屋はもう準備出来てるわよ)」
笑顔でそう言ってくれるフリーデさんを見て、何故かとてもホッとした。
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