act.1 それでも日常は続く

8/11
前へ
/92ページ
次へ
 荷物が全部積み終わり、アパートの鍵を合鍵も含めて時任さんに手渡す。  悠里は泣きそうな顔で何も無くなった部屋を見回していた。 「悠里行くぞ」 「…うん」  悠里が北の手を握って二人で部屋を出た。  最後に時任さんがその部屋の鍵を閉めるのを二人で見届ける。 「お母ちゃん…」  小さく呟いたその言葉と共に、悠里が北の左腕にしがみついた。亡くなった母親の思い出がいっぱいある部屋だと俺も聞いていた。 「泣くな悠里、約束しただろ」  悠里を腕にしがみつかせたまま、北が歩き出す。 「母ちゃんはいつでもちゃんとお前の傍にいるんだ。俺たちがしっかりやっていれば安心してくれるから、ちゃんと顔を上げて前を向け」 「うん」 「兄ちゃんもずっとお前の傍にいる。お前が幸せにならなきゃ俺も幸せじゃない、二人でしっかり楽しく暮らせるように頑張るんだからな」 「うん、お兄ちゃん」  そのまま二人でゆっくりと階段を降りていく。  こいつの場合、母ちゃんが傍で見てるはおそらく比喩じゃないんだろう。きっと本当に二人の母親はそこで見守って居るんだ。  俺と時任さんはそんな二人をやはり後ろから見守る様に、ゆっくりと階段を降りた。    隆成おじさんは大事なタンスが傷つかないようにと毛布で包み、トラックの荷台にしっかりとロープで固定した。その上を丈夫なカバーで包みこれもまたしっかりと固定だ。 「時任さん、今日はありがとうございました。それでは鍵をよろしくお願いします」  北と悠里が揃って頭を下げている。任せなさいと時任さんも笑顔だ。 「お父さん、向こうのお家にも遊びに来てね。きっとよ」 「大丈夫だよ悠里、ちゃんと会いに行くからな」  兄妹の後見人である時任さんは、今でも定期的に兄妹の家を訪問してくれているという。二人はそれをいつも楽しみにしていたのだ。  時任さんは運転席の隆成おじさんに声を掛けて、二人で何やら話した後に笑顔で離れた。 「出雲、悠里をよろしく」  ここから北はバイクで社宅に向かう。悠里は俺と一緒に隆成おじさんのトラックだ。 「分かった、気をつけて」  2tトラックに先に悠里を乗せて、俺もその後に乗る。運転席の隆成おじさんと三人で並ぶ形だ。 「よし、行くぞ」  先に出発した北のバイクを追うように、隆成おじさんのトラックが出発した。  
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加