53人が本棚に入れています
本棚に追加
荷物が全部積み終わり、アパートの鍵を合鍵も含めて時任さんに手渡す。
悠里は泣きそうな顔で何も無くなった部屋を見回していた。
「悠里行くぞ」
「…うん」
悠里が北の手を握って二人で部屋を出た。
最後に時任さんがその部屋の鍵を閉めるのを二人で見届ける。
「お母ちゃん…」
小さく呟いたその言葉と共に、悠里が北の左腕にしがみついた。亡くなった母親の思い出がいっぱいある部屋だと俺も聞いていた。
「泣くな悠里、約束しただろ」
悠里を腕にしがみつかせたまま、北が歩き出す。
「母ちゃんはいつでもちゃんとお前の傍にいるんだ。俺たちがしっかりやっていれば安心してくれるから、ちゃんと顔を上げて前を向け」
「うん」
「兄ちゃんもずっとお前の傍にいる。お前が幸せにならなきゃ俺も幸せじゃない、二人でしっかり楽しく暮らせるように頑張るんだからな」
「うん、お兄ちゃん」
そのまま二人でゆっくりと階段を降りていく。
こいつの場合、母ちゃんが傍で見てるはおそらく比喩じゃないんだろう。きっと本当に二人の母親はそこで見守って居るんだ。
俺と時任さんはそんな二人をやはり後ろから見守る様に、ゆっくりと階段を降りた。
隆成おじさんは大事なタンスが傷つかないようにと毛布で包み、トラックの荷台にしっかりとロープで固定した。その上を丈夫なカバーで包みこれもまたしっかりと固定だ。
「時任さん、今日はありがとうございました。それでは鍵をよろしくお願いします」
北と悠里が揃って頭を下げている。任せなさいと時任さんも笑顔だ。
「お父さん、向こうのお家にも遊びに来てね。きっとよ」
「大丈夫だよ悠里、ちゃんと会いに行くからな」
兄妹の後見人である時任さんは、今でも定期的に兄妹の家を訪問してくれているという。二人はそれをいつも楽しみにしていたのだ。
時任さんは運転席の隆成おじさんに声を掛けて、二人で何やら話した後に笑顔で離れた。
「出雲、悠里をよろしく」
ここから北はバイクで社宅に向かう。悠里は俺と一緒に隆成おじさんのトラックだ。
「分かった、気をつけて」
2tトラックに先に悠里を乗せて、俺もその後に乗る。運転席の隆成おじさんと三人で並ぶ形だ。
「よし、行くぞ」
先に出発した北のバイクを追うように、隆成おじさんのトラックが出発した。
最初のコメントを投稿しよう!