過不足の無い予感

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 また違う日。  別の友人の家に遊びに行く。  1人暮らし用の簡易的なキッチンの上に、調理用具が散乱していた。 「走りの梨が手に入ったんだ。でもちょっと食べてみたら、やっぱりまだ早いみたいなので、ちょっと調理してみた。食べてみろよ」  そう言うと、彼はお手製のフルーツサンドのようなものを差し出してきた。 「実はちょっと料理が好きなんだ。密かに料理研究家を志している」  僕は差し出されたフルーツサンドを1切(かじ)ってみる。  恐ろしいほど不味い。  不味いというより、不快だ。 「梨と生クリームだけだと寂しかったので、加えてマヨネーズとキクラゲを和えて、あとアクセントにミョウガを刻んで入れた。バターにタバスコも混ぜてみたら良い具合になったんだ。俺のこの料理センスで世の中を席巻しようと思う」  完全なる味覚破綻者。  恐れ入った。  甘いのか辛いのかしょっぱいのか、およそ考えつく限りの味覚が刺激され、味蕾(みらい)が不必要に開く。開いた挙げ句に纏まりの無い飛び抜けた味どもが喉の少し下を直接刺激して吐き気を催す。  僕は咳き込みそうになるが、口に入れたものが飛び散らないようにと我慢した。なんとか口に入れてしまった分だけを飲み込み、一通り咳き込んでから彼に言う。 「まだちょっと人類には早い気がする」 「斬新過ぎたか。でもやがて時代が俺に追い付くのだと思う。昔はマグロのトロとかも捨てられてたらしいしな」 「いやこれは人間の生態が劇的に変わらない限り無理だ。頼むから夢は夢のまま、胸に秘めておいてくれ」  嗚咽(おえつ)を堪えて、必死に懇願する。 「つまり?」 「クソ不味い」  僕は正直に、そう告げた。
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