過不足の無い予感

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「いや酷いな。結構本気なのに」  僕の言い方も酷いが、彼の料理の方が酷い。  彼のためということもあるが、哀れな被験体をこれ以上生み出さないためにも、止めてあげるのが友人の務めのようにも思えた。 「せっかくの走りの梨なのに、わかってくれないとは」  彼は寂しそうに言う。 「梨よりも何よりも、お前のその見当違いな夢に、悪寒が走る」 「メチャクチャ言うなぁ……」 「悪寒ついでに予感も走ったので言っておく。というより予言のほうが近しいかもしれない。とにかくお前は料理を止めて、ベースをやれ」  また僕は思いついた光景を、そのまま伝えることにした。 「いや意味と脈絡が一切わからない」  僕もよくわからないが、予感が走ったので、仕方がない。根拠も何も無いので、やはり説得するには不充分かもしれなかった。 「何かが破綻している者は、別の分野で飛び抜けているはずだ。お前の場合はそれがベースだ、そんな気がする」 「いや理屈がよくわからないうえに、楽器とか全くやったことないんだけど」 「俺もよくわからん。でもそんな予感がするので、まぁ気に留めておいてくれ」  理屈なんて無い。ドラムの彼も、ギターの彼も、なんだかんだ言って、根拠なんて何一つ無かった。ただ、漠然とそんな予感が走ったものだから、仕方がない。それに皆、もともとの夢を追うよりもまだマシなのだという確信がある。 「適当なことを言いやがって。見てろよ、俺は絶対に料理研究家として大成してやるからな」  適当かもしれないが、彼の適当な味覚よりは遥かにマシだと思う。  人生における成功に一体何の意味があるのかは僕にはわからないが、もし彼が望むのであれば、彼はベースを弾くことになるのだ。 「まぁ信じても信じなくても、大して変わらないと思うけど……」  ただし僕にも予言が当たるという確信は無い。  そんな状況下で無条件に信じろとは、やはり言えなかった。  それに、やはりさほど興味も無い。
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