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【目眩】
見慣れた部室のドアがこうも重くなったのは、2週間ほど前からだ。
とは言え渾身の力を込めれば開けられてしまうその重さが、サボって帰る、という選択肢を選ばせてくれない。
(……………あと半年)
卒業までの辛抱だ。
部活の引退はもっと早い。
ため息をついてドアを開けるとさっきまでの喧騒が嘘みたいに静かになる。
ベンチに固まっていた面々が蜘蛛の子みたいに散って、さっさと着替えを済ませて出ていく。
あと一人出てけば俺だけ、というところでそいつは躊躇いがちに片足を引いてこっちに体を向けた。
「──あ、鈴谷先輩……お疲れ様です」
「…………おつかれ」
「────」
バッグを置いて着替えるでもない俺と、それを阿呆みたいに見下ろすそいつ。
埃がちらちら舞ってなきゃ静止画だった。
どうもこうもならないようなのでため息をつく。
「着替えたいんだけど。今日2年は部活ないだろ……何してんだよ」
「あ……先輩たちが、面白いもの見せてやるからって、」
「はっ」
「あ!違います!!なんかただのおもしろ動画みたいなやつです!鈴谷先輩は全然、」
誰もそんなこと言ってねえだろ。
馬鹿なやつ。
「俺とこんなとこいたらお前もハブられるぞ。早く行け」
「そんな」
「気ぃ使ってやってんじゃねーか。うぜえな」
「うざいって──だって、俺先輩のこと避ける理由ないですもん、恋愛は自由だし、」
「だからあ」
腕を掴まれた。
体が固まる。
あまりに怖くて顔に力が入った。
「だって、ああやって無視する人もいますけど……変わらず喋ってる人もいますよね?俺もそうしたいんですけど、なんか先輩俺のことは自分から避けてませんか」
「別に変わんねーよ……」
「変わりましたよ!」
──ああ、うざったい…………。
その、自分が一番正しいですみたいな熱血な顔。
それを押し付けられるのも、それが間違ってないのも腹が立つ。
そういうのはお前と同じキラキラ族の中だけでやっててくれよ、俺に無理強いすんな──
「──だから、気を使ってやってんじゃねえか」
「……………え?」
「じゃあお前一発付き合えよ、俺とセフレになれよっつったらそうしてくれんのか」
「────」
「なあ?」
「……っそれは自分、彼女いるんで、」
腕を掴んでた手が引っ込められる。
ほんとに馬鹿正直だ。
その素直さと自分をとことん傷つけてやりたくなる。
変に楽しい気分になって俺は笑っていた。嘲笑っていたんだと思う。
「あー、だから俺に話しかけても平気なのな、誤解されないで済むもんな」
「違います!俺──」
「だから!そういう優しさがだ!!」
手近にあったタオルを投げつけてやると、汚いものでも弾くように除けられた。
それが実際タオルが汚かったせいなのかなんなのかは知らないけど。
「いい迷惑だ、っつってんだよ……!そうやって、飼えもしねえくせに捨て犬拾うみてーな半端なことしやがって俺にどうしろっつーんだよ!勘違いするぞ!お前に惚れてるって言いふらせばやめてくれんのか!?その────」
「──────」
残酷な…………
「偽善なんだよ………」
「……………………」
固まってしまってるそいつに「行けよ」と声を掛けてやったことだけが、俺の最後の意地だった。
『彼女いるんで』か。
いなかったらどうなんだよ……。
本質を無視してるだろ。
「はー…………」
──疲れた。
なんとなく携帯を取り出して、まるで狙ったようなお誂え向きの着信を見つける。
慰めてもらおうか、とも思ったけどやっぱり傷つきたい気分になって──
とっくに遅刻だけど、ため息をついて着替えを始めることにした。
おわり
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