【互慰の夜】

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「──いいのか、もっと暗いとこのほうが良くない?」 「いえ、ここで」 冷えた木の肌に背を預けると、彼がその足元に跪いた。 見えたままなせいで勃たなかったらそれはそれで──だし、奉仕してもらうのならきちんと見届けるくらいは礼儀なんじゃないかと思う。 彼はそうして気遣ってくれるけど、驚くほど興奮しているようだった。 呼吸が上がってるし、背中が堪えきれないように撓っている。 本当に欲情するのか。凄いな。 「ちょっと足開いて、膝落として……」 「、はい」 掠れて吐息交じりになった声にぎくりとする。 少し、怖い。 バックルを外され、ジッパーを下ろされて一気に下着もずらされる。 心臓が破裂しそうなほどばくばく打っている。 ──二倍くらいになってるんじゃないか、心臓。 思わず口を塞いで、腰元の非現実的な状況を見つめた。 俺の腿に左手を置き、陶酔したような瞳でそこを見つめた後彼はそこに口付けた。 ──そこにキスなんか、されたことない。 不本意にも少し嬉しい。 荒げた呼吸とか獲物でも見るような視線とかがっちりした体とか、そういうものを一切裏切った優しい愛撫が施される。 なんと言うか安心させられてしまう。 口の中で柔らかく揉まれて、じりじりと熱くなっていく。 昼間、あんなことがあったのに。 何か言われるかと思ったが、彼はそれを口から出して嬉しげに笑っただけだった。 「………大っきいね」 「え、ゃ、普通……です」 「俺好きだよ」 「は、はあ……」 さすがに何と応えればいいものやら分からない。 彼はどこか自嘲気味に笑うと右手でそれを支え、ちろちろと舐め始めた。 袋から、戸渡りから、割れ目から。 あんまりに丁寧で気持ちが良くて衝撃的だった。 そもそもそんなところ舐められたこと自体が初めてで。 「余裕ないな、久しぶり?」 「や、いえ……」 「ここまでしてもらったことはない?」 「──はあ」 「ふふっ、あんたセックスも真面目そうだもんなあーー」 ──それは否定できないけど、やはり何と言って良いのやら。 「俺咥えるけど、腰振りたかったら振っていいよ」 「そ、れは……苦しいんじゃ」 「優しいね……」 腰抜けるほど良くしてあげるよ、と俺を見上げて翳った顔で笑って言うと、その口の中に先端を含み、ぬるぬると飲み込んでいく。 ──何か、トリック映像でも見ているような──延々飲み込まれ続けているような、気がした。 「うっ………」 とはいえ当然その数秒はとっくに終わっていて、喉の奥に当たる感触。 そしてなんだか凄いことに、締められた。 「……………!!?」 そこからはもう何が何だか分からなかった。 口の中ってまるく空洞なはずなのに全方位ぎゅうぎゅう締め付けられるし吸い付かれるしそれなのにたっぷり湿ってるし、締められるし扱かれるし激しいのに歯は全然当たらないしで。 良くて良くて本当に腰が抜けそうだ。 快感がもう、そこだけじゃなく腰や背中、頭にまで波及している。 ──けど、イクのに歯止めがかかるのはなんでだ。 空気を弾くような音をさせて彼が口からそれを出す。 笑っていた。 「どう?」 「めちゃくちゃ気持ちいい、です」 「はは、嬉しい」 ──嬉しい? 技巧を褒められて誇らしいということなのだろうか? 愛しげにまた口付けている彼が何か悲しいものに思えた。 「……嬉しい?」 「んん、嬉しいよ?役に立てて」 「役に立てて……」 「どうした?」 「いえ……」 ──じゃあ、あなたは? また俺を咥え込もうとする彼の肩を、無意識に諌めていた。 「どした」 「あっ、いえ……あの、じゃあ、あなたは」 「ん?」 「あなたにメリットは」 「俺ぇ?なにいきなり、俺は好みのチンコしゃぶれて楽しいよ?」 「好、いや、」 また慌ててしまって、思うことの一割も言葉にならない。 と言うか、言語でものを考えられていなかった。 映像のような概念のような靄が脳裏に満ちている。 落胆とか、悲しみとか疑問とか。 「……あんたほんとに優しいのな」 楽しげに笑いながら、俺のが萎えないように擦りつつ、唇を落としながらぽつぽつと彼が言う。 けどやっぱりどこか自嘲気味だ。 「愛とかそーゆーのはねえ……難しいね」 「…………」 この人、俺が言いたかったことを分かってる。 凄く読める人なのか、聞かれ慣れているのか。 「人間近づきすぎるとどうしてもね。裏切られたり、勝手に期待して勝手に失望したり、嫌になったり」 「──」 「俺はそーゆーのより、こうやって表面だけで慰め合うのが好きだよ。知らない人間相手の方が無条件で優しくできるってあるでしょ」 随分尻軽なことを言ってはいるが、残念ながら目がごまかせていない。 どう見ても悲しげな、今泣き腫らしたばかりのような瞳だった。 俺みたいな腑抜けを慰めたいと言うような人がそう思うのか。 一体何にそんなに、絶望しているのか── 「──自分だろうね」 「え!」 「ん?」 「……………、声出てました?」 「出てたよ」 さすがに少し縮まり始めてしまったそれを吸い込むように咥え込まれ、そのまま一気にいかされた。 何か気に障ってしまったのだろうか、怒涛のような快感と音、激しさで。 振るつもりはなかったのにあまりに強い快感で腰が跳ねる。 喉の奥に突き込んでしまった気がした。 「……っすみません、っ………」 「ごほっ、いいよ……あんたみたいな男にひどくされんの好き。いやひどくなかったけど。全然」 「っはあ……」 「良かった?」 「も、はい」 「はは……」 笑い声は乾いていたが、立ち上がった彼は思いの外朗らかに笑っていた。 瞼から額、頬から耳の下をゆるりと撫でられる。 ──分厚い手の平って、女の子のとはまた違った安心感があるものだな。 「良かったな、気ぃ紛れて」 「!あ、はい……」 「──じゃあ」 ぱんぱん、と背中を叩かれる。 木っ端や枯れ葉が落ちる乾いた音がした。 目の前の彼は穏やかに笑っている。 「まっすぐ帰れ!」 「──あの、」 「聞かねえよー」 ──やっぱり、鋭い人なんだ。 少し噴き出してしまいながらその人の顔を見る。 「良い人見つかるといいですね、お互い」 「ふふっ、そうだな」 しっし、と手の甲を振られて公園を出た。 気をつけてみると確かに、ちょっと雰囲気が異様だな。 明らかに避けて遠回りしてる人もいる。 (ほんとに現実感ないな…………) その温んだ風みたいな非現実感が、昼間の出来事も巻き込んでしまったようだった。   それでも明日以降、誰からどう説明しようかと──── 苦笑しながら、考えていた。   おわり
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