ランタナ

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「なあ、ところでミラ」 「どうしたの?」 「さっきのクマの件でいい忘れてたんだが、多分山に登ってもスノーボードはできないぞ」 「……どうして?」 「今は5月だからな。とっくに雪は溶けちまってるだろうよ」 「雪……?スノーボードをするには雪が必要がなの?」 「おいウソだろミラ……それすら知らなかったのか」 「教えて、イブ」 「あのな、スノーボードってのは、積もった雪の上を板で滑るスポーツなんだ。雪がなければ板は滑らないし、曲がることもできないぞ」 ──システムエラー 思考アルゴリズム内にてエラー。残念な気持ちを検知。すべての計算が正しくされていません。手動で削除してください。 「……そう…………なのね」 ──ログファイル「スノーボード」に、「積もった雪の上を滑るスポーツ」を追記。 「ああ、ミラ……。なんだ、その……、俺も言うのが遅くて悪かった」 「……気にしないで。私もよく調べなかったのがいけないわ」 「まあ、なんだ。また冬になったら行こうぜ。きっと楽しい」 「……うん」 ──残念な気持ちの一部を削除。 「まあでも、こんな田舎に来るのは久しぶりだ。せっかくなんだし楽しもうぜ」 「……ええ、そうね」 ──地形スキャン開始。 ……完了。山間地の谷に形成された温泉街。お土産の温泉卵が有名な観光地。 「あら、近くに温泉があるみたい」 「温泉か……、俺らロボットに効能があるのか知らないが楽しそうだ。行ってみよう」 「ここから少し歩いたところの旅館が有名だったみたい」 しばらく歩くと、目的の場所が見えてくる。 「なんかこう、こじんまりとしていて雰囲気があるわね」 「それが風情ってやつかもな。入ろうぜ」 入り口の戸を開ける。 「ようこそ」 「ウワッ!」 「……ロボットよ」 ──機器スキャン開始。 ・「自動受付、案内ロボ『NA-改Ⅲ』」 以下広告文 日本の家電メーカー「parapanic」より、事業者向けの自動受付ロボット『NA-改』シリーズの3作目が登場。 より洗練されたデザインから響く美しいサウンドは、パラパニック独自の技術により開発されたスピーカーにより、力強く、それでいて流れるような美しい響きを可能としています。 スマートフォンと接続するだけで、かんたんにマルチなタスクや、発話内容、言語などを設定可能です。 また、女性型モデルはインターネット経由で遠隔操作する機能を搭載しています。 以前からあった男性型モデルの重量物運搬オプションと合わせ、それぞれの用途にあったNA-改Ⅲをお選びいただけます。 「この度は当館をお選び頂きありがとうございます。長旅でお疲れの事でしょう。自動でチェックインを済ませましたのでお部屋に案内させていただきます」 「まさか、こんな田舎にもロボットがいるなんてな」 「大丈夫、他にロボットの痕跡は無いわ」 「どうぞ、こちらへ」 ロボットの後を追いかける。 「そういや博士については何も言われなかったな」 「ニャー」 「まあその、多分あのロボットに動物に対するマニュアルが指定されてないのよ」 「そりゃありがたいな、博士」 「ニャ」 「こちらのお部屋になります」 入り口の札に『さくら』と書かれた部屋。 「夕食については、別の係員が来るまでお待ちくださいませ。では……」 ロボットが立ち去る。 「夕食?」 「この旅館、この機体しかロボットがいないみたい。多分ここからは人間の仕事だったんだと思う」 「……人がいなくなってもこうして人の為に働き続けてんのか」 「かなり古い機体よ。構造が単純で耐久性がいい分、私達のような高度な演算はおろか人工知能もろくに搭載されてないわ」 「俺らからしたらたまったもんじゃねえなぁ」 「そうかしら。私達だって元々人間に奉仕するために作られてるのよ。それなのに結局、今はできてない」 イブはしばらく黙る。 「暗い話はこれくらいにして、せっかく来たんだもの。温泉に行くわよ」 「お、お前あれ本気にしてたのか?」 「ええそうよ。行かなきゃ勿体無いわ」 立ち上がり、部屋を出る。 「温泉は一階にあるみたい。階段で下りるわよ」 温泉に辿り着く。大きな浴場はすっかり埃まみれで、お湯はもう残っていない。 「オーケー、そんでここからどうすんだ?」 「ボイラー室を探すわ。ここまできたらとことんやりましょう」 一度フロントに戻る。 「あのー」 「どうされましたか、お客様」 「ボイラー室はどこにあるのかしら」 「ボイラー室は係員の入り口から外に出て、右手にありますよ」 「ありがとう」 ボイラー室を目指し、外に出る。 「お、あれだな」 「物理キーが掛かってる。イブ、開けられる?」 「楽勝だ」 イブがピッキングツールを展開する。 「開いたぞ」 「結構大きいわね。どうやって動かすのかしら」 ──機器スキャン開始。 大型ボイラー。機器名不詳。 ブレーカーは健在。バタフライ式バルブが閉まっているが、開ける際に破損する可能性あり。 「このバルブを開けて、スイッチを入れれば動きそうよ」 「見るからにボロッボロじゃねえか……」 「やってみるわ」 バルブに手をかける。 「よっ……」 「……」 バルブは動かない。 「……ダメね。これ以上力をかけたらハンドルが壊れちゃう」 「ドリルがあれば無理やりこじ開けられそうだが……」 「対ロボット用の武装としてドリルは耐久性に難があるから私には搭載してないわ」 「ふむ……」 ──機器精密スキャン開始。 経年劣化による錆でディスク部が本体と癒着。ディスク部のモーメントに必要な物理学的力量は、同じく経年劣化によって錆が発生したハンドル部の破損に充分な要素を満たしている。 「……無理ね。諦めましょう」 「じゃあ、俺に貸してみろ」 イブはハンドルをアームで掴む、 「こんなもんか……?」 ハンドルが、ゆっくりと回る。 「や、やるわね」 「こう見えて医療用ドローンだ。この繊細さを舐めるなよ」
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