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椅子
ある日、家に通販ショップから椅子が届いた。
母が買ったらしい。
一人がけのソファで、小ぶりでかわいらしいデザインだ。
母は毎日そこに座るようになった。
床でゴロゴロするのはやめたのか、毛玉だらけのスエットもいつの間にか捨ててしまったらしい。
「お母さん、ちょっと変わったね」
「そう?」
母は嬉しそうに笑った。
わたしはなんだかほっとして、きれいに白髪の染められた母の黒髪を見ていた。
すっと伸びた背筋のせいか、少し若返ったようにも見える。
しばらくするとドラマに飽きたのか、母はタブレットPCを机に置いて、手帳に何かを書いている。
「何書いてるの?」
「恥ずかしいから見ないでよ」
「恥ずかしいって、詩とか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、今までのことをね」
「今までのこと? 日記?」
「日記ってわけでもないんだけど」
母は手帳をパラパラとめくり、一枚の写真を取り出した。
「母さんの黄金期の写真」
冗談めかしてそう言うと、写真を見せてくれた。
半袖にサブリナパンツで腕に子どもを抱っこしている。その子どもは二十年前のわたしだ。
お母さんは笑顔で、わたしは眩しそうに顔を歪めているけれど、小さな手がしっかりとお母さんの胸にしがみついている。
若くて幸せそうな母の姿だった。
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