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はっきりそう伝えると莉真さんは、そこで初めて言葉に詰まった。
「……もういいっ」
彼女は捨て台詞のようにそう言うと、俺に背を向けて歩き出す。
そんな彼女の背中に、俺は声を掛けた。
「……また、お店来てね」
そう伝えると、彼女は一瞬だけ足を止めて……しかし振り返ることはなく早足でその場を去った。夜道だが、そこの横断歩道を渡れば人通りの多い道に出るので送っていかなくても大丈夫だろう。
「……先輩、本当にありがとうございました」
隣に立つ先輩に、そうお礼を告げる。
先輩が声を掛けてくれなかったら、俺は莉真さんに圧倒されるのみだったかもしれない。
……もしくは、カッとなって女性相手に怒鳴りつけていた可能性もある。
先輩が来てくれたお陰で、気持ちを落ち着けることが出来た。
「いや、俺は何もしてない。最終的には、いつも大人しい志衣があそこまでハッキリ言ったから、あの女も帰って行ったんだろ」
「……この後、どうします? 元々、今日は先輩に俺の愚痴を聞いてもらおうと思ってたんですけど、今のでスッキリしちゃいました。あはは」
「……なあ、志衣」
突然、先輩が真剣な顔で俺を見つめてくる。
「先輩?」
「……男同士で付き合うのって、やっぱり気持ち悪く感じるのが普通なのか?」
「え?」
「俺にとっては男同士っていうのか当たり前だから、他人の〝普通〟がよく分からない。男同士が一般的でないことはもちろん分かっているけど、関係ない他人からあそこまで気持ち悪がられることだと思ったこともなかった」
「……」
先輩の表情は曇っているが、彼はきっと、莉真さんの言葉に傷付いているわけではない。〝俺が〟、莉真さんや世間の言葉に傷付いていないか、気にしてくれているのだ。
先輩は、優しいから。
「……一般的ではないでしょうね。誰からも理解してもらえたらそれが一番ですけど、きっとそれは難しいです」
「……そうだな」
「……でも俺は、先輩といられて幸せです。さっき助けてもらって、改めてそう思いました」
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