番外編

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その後もしばらく四人で会話を楽しみ、しばらくした頃に先輩から「俺の部屋に行くか」と言われた。 階段を上がり、二階の突き当たりにある懐かしの部屋に、先輩と一緒に入る。 「はあー、緊張しました」 深く息を吐きながらそう言うと、先輩は「別に固くなる必要なんてないのに」なんて言ってくる。 「そりゃあ先輩にとっては自分の家族だからそう思うのかもしれないけど、俺は緊張しまくりでしたよ! 先輩も、明日は俺の家に来て少しは緊張すればいいんだ」 「確かに、明日のこと考えると緊張するよ」 「そうですか? 固くなる必要なんてないのに」 たった今言われたことをそのまま言い返してみて、二人で笑い合った。 「まあ実際、俺の親も大丈夫ですよ。俺も母親には事前にある程度は話してありますけど、特に何も言ってませんし。そもそも去年のクリスマスイブに起きた例の炎上騒動は母も見ていたので、俺が男性と付き合っていることはとっくに知られてます」 緊張している先輩を安心させるためにそう言った、というよりは事実を口にしたまでだ。恋人を家に連れて行きたいと伝えた時も、その相手が実は男性なんだと伝えた時も、母は『あら、そうなの』としか言ってこなかった。 実際のところどう思っているかは分からないが、恐らく本当に、あまり深くは考えていなさそうだった。 俺は母親と二人暮らしだ。 両親は、俺が中学を卒業する数ヶ月前にいきなり離婚した。 母親に引き取られることになった俺は、母の実家近くのアパートに引っ越すことになり、それに併せて高校もアパートから通える範囲の学校を受験してほしいと頼まれた。 本当なら、中学の友人達と同じ高校を受験するはずだった。 だから、母についていかず一人暮らしする方法ももちろんあったーーのだが、離婚が決まってボロボロになっている母から泣きながら『志衣とは離れたくない』と言われたものだから、そんな母を一人にさせることは出来ず、引っ越すことを決めたのだ。 幸い中学の卒業式には出席出来たけれど、その後は予定通りアパートに引っ越し、中学時代の友人達とは離れることになった。 無事に合格した高校では、中学時代の知り合いは当然ゼロ。高校で知り合いが全くいなくてなかなか馴染めなかったのはそういう理由だった。 もちろん、知り合いが誰もいない生徒なんて自分以外にもたくさんいただろうし、もっと積極的になれば友達くらい簡単に出来たのだろうがーーあの頃は突然の両親の離婚に振り回されている気がして、何だか腐ってしまい、毎日が無気力だったんだよな。 まあ、結果的にはそのお陰で先輩と出会えたんだけど……。 「そう言えば、高校時代から部屋の中が少し変わりましたね」 辺りを見回しながらそう言うと、先輩は苦笑しながら答える。 「ああ。俺が一人暮らしを始めたらいつの間にか、部屋に親の私物が増えた。物置き代わりにするなって言ってるんだけど」 「あはは。うちもそんな感じです。あ、でもこの壁の傷、覚えてます。懐かしいなー」 扉の横の傷跡を、指でそっとなぞる。 すると突然、後ろから先輩に優しく抱き締められたから驚いた。 「先輩?」 顔だけ振り向くと、先輩が優しい表情で俺を見つめていた。 「この部屋に志衣がまた来てくれたことが嬉しいなと思ってさ」 「……っ」 先輩の体温を直に感じて、ドキンドキンと心臓が暴れ出す。
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