第一章 特殊犯捜査係のサイチ

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「児童連続誘拐事件では、すでに過去一〇回以上の逆探知が試みられ、全て失敗に終わっている。適切にオペレーションさえすれば、被害はたいしたこともないし、すでにその事件の捜査は行われない。わかったでしょ、もういい? 手離して」  サイチは妙に抑揚のない早口で捲し立てると、背もたれを掴んでいる俺の手を指先で払うように外そうとした。俺は素直に離してやる気などない。  誘拐事件のほとんどがそうだが、この犯人も電話でコンタクトをとってくる。そうであるのならば、電話の逆探知は基本中の基本だ。  年々逆探知の技術は上がっているし、何なら非常に簡単な部類の技術だ。いくらここがド田舎の警察だろうと、それができないとは言わせない。  俺は、サイチ攻略の方向性を変えることにした。 「技術力によほど自信がないんだな」  挑発するように発した俺の言葉に、サイチがこちらを伺うような眼差しを向けてくる。 「電話の逆探知さえできないなんて、特殊犯捜査係を名乗っていて恥ずかしくないのか?」 「もちろん、通常の電話の逆探知は可能だ。だけど、児童連続誘拐事件の犯人は何らかの方法で逆探知を阻止してるんだ。そんなこともわからないの」  返事をしてきたサイチに、俺は演技めいて大袈裟に肩を竦ませながら、内心ではほくそ笑んでいた。  乗ってきた。やはりこういうギークタイプには、社会常識を説いたり、仕事への熱意を持たせたりしようとするより、所有スキルについて煽るのが一番効く。 「つまり、犯人の技術力の方が上だということだろうが。負けを認めているんだな」  サイチが、ハッと鼻で笑った。 「児童連続誘拐事件に特殊犯捜査係が入っての捜査が行われたのは、最初の三年だけだ。俺がここに配属されたのはその二年後から。前任者の力量の問題だよ」 「ならサイチがやれば、今まで不可能だった事件の逆探知が可能になる訳だ」 「そ……れは」  この時初めて、今まで一貫して無愛想な態度を貫いてきたサイチの表情が変化した。俺はここぞとばかりに畳みかける。 「やはりできない、と? 前任者にも技術で劣ることが露呈するのが恥ずかしいか」  瞬間、サイチは拳を握ってデスクの上を叩いた。上に乗っていた細々としたものが落ちたり倒れたりする。 「馬鹿にするな。あんな機械弄りばっかして遊んでた爺さんに、俺の技術が負ける訳ないだろ」 「なら、明日の同席は任せたぞ」  俺の言葉に、サイチは黙り込む。それを同意と受け取って、俺は一仕事終えた気分で踵を返そうとした。 「待てよ。俺は明日、同席はしない。今どき逆探知程度、現場に行って電話機に装置取り付けて……なんて前時代的ことは必要ないんだ。受信側の電話番号を元に、ここからやってやる」  サイチはそう言いながら、くしゃくしゃに丸めたメモ紙を投げてよこす。広げてみると、汚い字で電話番号が書かれていた。サイチのものだろう。 「流石だな、頼りにしているぞ」     ぶっきらぼうな態度に俺は思わず笑いながら、本心で褒めた。 「さっさと出てって」  サイチはオフィスチェアをこれ見よがしに回転させ、こちらに背を向ける。その耳が赤くなっているように見えたのは、この部屋が薄暗いせいか。  存外可愛げがあるかもしれないな、と思いながら、俺は特殊犯捜査係の部屋を出た。
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