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第一章 ビジネスホテルはまべ
警察署を後にして走る道路は、すでに夜の闇に沈んでいる。
「サイチさんの協力を取り付けてくるとは、正直驚きました。あ、次右です」
俺の運転する車の助手席で、ノラが素直な感想を漏らしながら指示を出してくる。
「右ね」
案内に従って、ウィンカーを出しながら右折車線に入る。
この車は今回の捜査において、使用して良いと貸し出してもらった、ミミサキ署の覆面パトカーだ。本庁でいつも使用しているものよりもだいぶ年式が古いが、そこには不満はない。
ただ普通、車の運転は階級が下の者が行うものだ。
俺のために取ってくれたというホテルへ向かうため、車の助手席に乗り込もうとして、ノラに「私が車の運転できるように見えます?」と自信満々に言われたことだけが、いまだに不満として燻っている。
飛び級が盛んなヤマ国だが、車の免許は一八歳にならないと取得できない。確かに言われてみればその通りなのだが、会った時に見かけで判断するなと豪語していたのだから、そこの主張は一貫してもらいたいものだ。
せめてもう少し申し訳無さそうにしてくれたら、などとしょうもないことを思ってしまうが、宿をとってもらっていただけ、ありがたいと自分を無理やり納得させる。
誰も迎えに来なかったし、ミミサキ署の刑事課全体から伝わってきた、あのあからさまに歓迎されていない態度からして、滞在先も用意されていないかと思った。
「そこの左のホテルです」
ノラに促され、俺はホテル前の駐車場に車を入れる。典型的な田舎のビジネスホテル、という感じの外観だ。
簡素な鉄筋コンクリート造の白っぽいビルに、『ビジネスホテルはまべ』という縦長の看板がついている。『はまべ』を名乗るほどにオーシャンビューではないとは思うが、ミミサキ市全体として海が近いからか、外壁には潮風に当たった結果の錆のようなものが出ていた。年季が入っている。
車を駐め、外へと出るとトランクからスーツケースを取り出す。さすがにそれをノラにやれとは言わない。そんな俺の様子を、何故かノラがじっと見つめていた。
「どうかしたか?」
問いかけると、彼女は無言のままハッとしたように首を振る。
不思議に思いながらも下ろしたスーツケースを引き、ホテルの中へと入った。外観から想像した通りの、いたって普通で、古めいたビジネスホテルの内装だ。
ノラは先にフロントへ向かうと、そこに設置されていたベルを押す。程なくして現れたホテルマンから鍵を受け取り、チェックインを済ました。
そのまま部屋へ向かおうとして、俺ははたとノラを見た。
この図、どう見てもビジネスホテルに女子高生を連れ込む、いかがわしい会社員にしか見えないのではないか。
「ノラ、もう帰って良いぞ。案内ありがとう」
慌てて、フロントに聞こえるような声で告げる。が、ノラは首を傾げ、至極当然のように告げる。
「私の家、警察署を挟んで反対側なので、ユージさんに家まで送ってもらいますから。荷物、部屋に置いてからでいいですよ」
「あ、そう……」
俺が彼女を家まで送ることは、すでに決定事項だったらしい。確かに、歩いて帰れとは言えない距離だ。
送っていくにしても、ノラをそのままフロントに残そうかと逡巡したが、ノラは先にエレベーターの方へと向かっていた。
「ユージさん」
感情の起伏のない声で呼ばれ、仕方なくついていく。
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