第一章 ビジネスホテルはまべ

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 外観からも、そう高くないビルだと思っていたが、エレベーターのボタンから見てホテルは三階建てだった。部屋はアクリルの棒がついた古めいた鍵に示されている通り、三〇七号室なので最上階にあたる。  薄暗い廊下を通って部屋に辿り着いた。鍵をあけ、中へと入る。さすがに部屋の中まではノラも入ってこない。  用意されていた部屋は、畳張りの和室だった。  ベッドがないため、普通のビジネスホテルと比べると幾分か広く見えるが、布団を敷いたら似たようなものだろう。  ごく小さな座卓の上に、どこか懐かしい菓子がサービスとしてのっている。部屋に置かれた小さなテレビは、最近なかなか見ない程に分厚い。ここだけ時が止まっているかのような家具の様子には、だいぶ日に焼けた印象のある畳も、風情があるというものだ。  扉の脇の窪みにスーツケースを置き、ざっと部屋の中を見渡してから、廊下の方を振り向く。すると、駐車場の時と同じような眼差しで、ノラが俺を見ていた。 「ノラ、さっきからどうしたんだ?」  さすがに怪訝に思い問いかける。彼女は、今度は真っ直ぐに俺の目を見たまま、視線を外さなかった。 「ユージさんは、怒らないんですね」  質問に答えない代わりに、そんな一言が漏らされる。 「怒るって、何が」 「一昨年、本庁から来た方は、このホテルを見て怒りました。ミミサキ市なんだから、もっと良いホテルがあるんじゃないのかって。こんなみすぼらしいところに、本庁の人間を泊めるのかと」  ミミサキ市は田舎だが、同時に富裕層をターゲットにしたリゾート地でもある。  このホテルのある場所は宿泊施設の集まるエリアのようで、ここに至る道中も様々なホテルや旅館が立ち並んでいた。もっと浜に近い方に行けば、より高級なホテルが建つメインストリートがあるという。  淡々と話すノラの声からは何の表情も伺えないが、どこか怯えのような感情が潜んでいるように、俺には感じられた。 「まあ……でも、俺は別に旅行に来た訳ではない。経費の無駄遣いはすべきではないと、俺は思うぞ」  そもそも、このホテルにも部屋にも、俺は別段不満はない。新しいホテルではないことは一見してわかるが、不潔な感じはしないし、必要十分なものが揃っている。何より、俺達警察の捜査には、市民の税金から出る経費がかかっているのだから、贅沢をするべきではない。  比較してしまえば、俺がデンメラ都内で借りているアパートの部屋より、よほど立派だ。  しかしノラの言葉から、彼女が俺の反応を伺うように見ていた理由はわかった。  大方、一昨年来たというその本庁の人間は、ミミサキ市での捜査ということで、観光気分でやって来ていたのだろう。例年そんな人間ばかりが指揮官として派遣されていたのなら、ミミサキ署全体から本庁の人間が不審がられても当然だ。  俺は思わず出そうになった溜息を、奥歯で噛む。 「本庁の人間は、妙にエリート意識が強い人が多いよな。それは俺も同感だ。だが、皆が皆そうな訳じゃない。俺は本気で犯人を捕まえるつもりだし、そのために捜査をしに来た。だから、ノラも安心して、俺に協力して欲しい」  小さなノラの方へと体を向け、正面から視線を合わせて真剣に告げる。すると、今まで何の表情も浮かんでいなかったノラの瞳が、ほんの僅かだけ緩んだ。 「……はい。明日は、朝から被害者宅へと向かいます」 「うん、明日もよろしく頼む。では」  ようやく少しだけ、ノラの気持ちに近づけたような気がした。  俺は満足感を覚えながら部屋の扉を閉めようとして。 「あ、家まで送ってください」  ノラの言葉に、そうだったと慌てて再度廊下へ出る。  とってもらった部屋に文句はないが、これは明らかに本庁の人間がやることではないと思う。けれども俺は、ノラをきっちり彼女の家まで送り届けた。
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