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「娘は……リリは、本当に無事なんでしょうか」
不安げな表情を浮かべたミオリが問いかけてくる。
「はい。この誘拐犯の噂はご存知ですよね。前回もお話しました通り、身代金の要求に応じれば、被害者は擦り傷一つなく帰ってきますよ」
問いに淡々と答えたノラの言葉に、俺は軽い咳払いをした。金さえ払えば誘拐された子供は帰ってきますよ、なんてことは警察の言うことではないだろう。そもそも今回、俺は身代金を犯人に渡す気など、さらさらないのだから。
「犯人を絶対に捕まえ、リリさんを無事にお帰しすることを約束します。ご安心ください。ところで、犯人からの電話があるまで、お話を伺っても宜しいでしょうか。今まで聞かれたことと、重複することもあるかもしれませんが」
話を変えるように、俺は胸ポケットからメモ帳を取り出した。ノラは特に何を構えることもなく、俺の横に座ったままだ。
「はい、構いません」
セラノが答えるのを聞き、聞き取り調査をはじめる。
「娘の、リリさんの年齢は?」
「リリは六歳、小学一年生です」
「リリさんの、最近の姿がわかる写真はございますか?」
セラノが促し、ミオリが戸棚から一枚の写真を出してくる。誕生日会で撮られたものらしく、ホールケーキを前にしてピースサインをしている、髪の長い少女の姿が映っていた。
「こちらの写真はお借りしていても?」
「ええ、構いません」
ありがとうございますと丁寧に礼を告げて、手帳に差し入れる。被害者の写真は、聞き込みの際に必要になる。誘拐が行われた時の彼女の姿を見ていないか、周辺の人々へ聞いて回らねばならない。
「誘拐された日の、リリさんの服装は憶えてらっしゃいますか?」
これに答えたのは、ミオリの方だ。
「ええと、確か……水色のシャツに、焦げ茶のキュロットスカートだったと思います。その上にキャメルのダッフルコートを着ていました。ランドセルは赤です」
「髪型などは?」
「低めの位置で、二つに結んでいきました」
説明を聞きながら、手帳にペンを走らせてざっくりとしたイラストを描き、そこに色の説明を文字で加えていく。これだけの情報があれば聞き込みができそうだ。
「失礼ですが、お二人のご職業は」
次に口を開いたのはセラノ。
「わたしはホテルを三軒経営しています。ミオリは専業主婦です」
「ホテルを三軒経営……ですか、なるほど」
金持ちなのはわかっていたが、貧乏人の想像力を超えていた。思わず微妙な反応をしてしまった俺の様子に、セラノが言葉を続ける。
「ホテルはすべてミミサキ市内にあるものです。この辺りの住民は、やはり観光業で生計を立てている者が多いですね」
「セラノさんがホテル経営をしていることは、有名なことでしょうか」
「有名と言って良いのかはわかりませんが、うちのホテルで働いている従業員はもちろん知っていますし、ホテルについて調べれば、すぐに情報は出てくるでしょう。この辺りの近隣住民も知っている人は多いと思います」
俺は頷きながら続けてメモをとった。一〇〇〇万イェロという、庶民にしては多額の身代金要求に応えられるだけの財力をセラノは持っている。それを知ることは容易だったということだ。
であれば、その情報を得られる者から犯人を絞っていくことは難しいか。ただ、何らかの手がかりになる可能性はある。過去の誘拐での被害者と、その家庭の傾向や属性等も、もっと調べていく必要があるな。
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