第一章 ノラ刑事

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「金が用意できない、もしくは渡せない、と断った場合はどうなる? 今まで、全て諾々と従ってきた訳ではないだろう」  この事件に対する警察のやる気のなさは、現時点でもよくわかった。だが事件発生から数年までは、きちんと重大事件として扱っていたはずだ。確か昨日シンさんもそんなことを言っていた。 「断った場合は、再度四日後に電話がかかってくる、というサイクルを繰り返します。もちろん、誘拐されている被害者はそのままです」  なるほど、それが最初の事件で、被害者の拘束期間が長くなった理由かと思う。犯人は何故か、すべての行動を四日ごとのサイクルで行っているようだ。 「指定された場所に空の鞄、もしくは贋金を置いた場合は?」 「犯人から電話があり、次の身代金受け渡しの指示があります」 「それは、置いたのが贋金だとバレているということだよな? 受け渡し場所に、張り込みはしていたんだろう。誰が確認に来た」  俺の当然の問いかけに、ノラは首を振った。 「誰も」 「どういうことだ?」  眉根を寄せる俺の顔を、ノラは無表情のまま見返してくる。 「もちろん、身代金を置いた鞄の周囲を監視するように、複数の捜査官が張り込んでいました。結局、誰も近づいてくる者はいなかったそうです。それでも工作は通用しなかった」 「そんな事がありえるのか?」 「実際ありえているので、仕方がないですね」  ノラの言葉に、昨日も同じようなことをシンさんから言われたな、と思い出す。思わず押し黙った俺の様子を見て、彼女は次に、デスク上のカレンダーを指差した。 「今年の誘拐事件が発生したのが三日前の二月七日。そして、明日犯人から指示の電話が来ます。それを受けて、指示通りに身代金を置けば、誘拐されていた被害者も無事帰ってきて事件は解決。捜査本部を立てる必要はないのですよ」  説明は終わった、とばかりにファイルを閉じるノラに、俺は目を見開く。 「いや、待て待て。事件解決って、犯人も逮捕できずに解決もなにもないだろう。金だって取られているじゃないか」 「今年の被害者家族も、身代金の一〇〇〇万イェロを渡すことには快諾しています。今年の被害者の名前はコン・リリ。家族は、娘が無事に帰ってくるのなら安いものだと」  ノラの口調は客観的で淡々としており、感情は伺えない。しかし彼女もこの捜査方針に納得していることは伝わってくる。だが、俺は容認できない。 「そうして犯人を野放しにするから、毎年被害者が出るんじゃないか。俺は犯人を逮捕するためにここに来た。捜査は徹底的にやらせてもらう」  デスクの上に置いた拳を握り、一切引かないという態度で言いきる俺に、ノラは小さくため息をついた。 「ユージさんが本庁から来た段階で、捜査指揮権はあなたにあります。私はあなたに従いますよ。ただし、捜査本部は立たない、それは動かせません。捜査は私とユージさんの二人でやる必要があります」  ノラの言葉に、俺はすでに昨日から決めていた覚悟を、さらに強固にする。もう後には引けない。いかに周囲のやる気がないとしても、事件は実際に起こっていて、被害者が生まれているのだ。  毎年被害者が生まれる原因は、警察の怠慢に他ならない。さらに、大切な金が悪党に奪われている事実を見過ごすことは、俺の沽券に関わる。 「犯人から二度目の電話がかかってくるのは明日と言ったな?」  ノラが頷く。 「逆探知を行う特殊捜査官は」 「同席しません。過去にも逆探知は行われましたが、全て失敗に終わっていますので」 「そんな事、今回もやってみなければわからないじゃないか」  食い下がる俺に、ノラは無言で、刑事課の中から繋がっている扉の方を指差した。 「何?」 「特殊犯捜査係はあの部屋の中にいます。同席の交渉をなさりたいなら、ご自由にどうぞ」
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