一 悩めるアーチストとしじみの味噌汁

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一 悩めるアーチストとしじみの味噌汁

「んっー、いてててててて」  ひどい頭痛と共に不破樹は目を覚ました。  ピシリと糊の効いたシーツではなく、柔らかい日だまりの匂いがする布団に埋もれた体をゆっくり起こすと鍛え抜かれた上半身が惜しげもなく晒される。 「ここ、どこだ? 確か昨日は飲み会で……誰かお持ち帰りでもしたか」  体を伸ばし、辺りを見回した不破に焦りはない。こういうことは慣れている。あわよくば、不破にお持ち帰りされたいと期待する女性は後をたたない。きっと昨夜も酔っ払った不破にアタックした女がいたのだろう。 「さて、相手は誰かな。アナウンサーか、ディレクターか。結構綺麗どころはいたような気がするが……みんな、プロ野球選手が好きだよな」  不破樹――甲子園で活躍し一躍その名を全国に知らしめると、鳴り物入りで北海道ベアーズに入団する。高卒新人ながら一軍定着し、翌年にはレギュラーの座を勝ち取り四番を任されるようになった。  今年でプロ七年目、一昨年にはホームラン王も獲得していて、年俸は三億円を超えた。名実揃った独身男に女性たちの目がギラギラするのは当然で、不破もそれをおおいに楽しんでいる。  けれど、今日の相手は誰だったか覚えていない。
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