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2章・5 最終話・素敵な恋人ができる
ナマケモノになっていないペッレルヴォに、温室はまたも騒がしくなった。昨夕のメンバーが集まり、何があったのか、呪いが解けたのは自然にかそうでないのか、などの質問の嵐。
そんな勢いに気圧されることなくペッレルヴォは穏やかな笑みを浮かべて、
「カナデのおかげだと思うけど、詳細は秘密」
と答えた。
わずかな沈黙とそれに続く笑顔。ウオレヴィだけが泣きそうな顔をして、
「兄上、抜け駆けはズルいです」
と詰め寄った。
「すまない。僕もまさかカナデが応えてくれるとは思わなかったんだ」とにこにこペッレルヴォ。
やめてよ、ペッレルヴォ。一名を除いたみんなの祝福モードが居たたまれない。
「事件の解決はまだだが、めでたいことだ」と陛下。「ヤンネ。ペッレルヴォとカナデの婚約を進めてくれ」
「承知しました」とかしこまった口調ながらもニヤニヤ笑顔のおじいちゃん。
「よしてください、父上。気が早いです。僕たちには僕たちのペースがありますから」
「ペッレルヴォが反論をした!」陛下が感極まった顔でワナワナと震えている。「初めてのことだぞ。全てカナデのおかげだ。君が我々一家の在り方を変えてくれたのだ」
「いや、そんなこと……」
「そうです。カナデの及ぼした影響は大きい」と妃殿下が力強く賛同して私の声をかき消す。「飼育係は解任となりますから、新たに賢者に任命するのがよいでしょう」
賢者!?
それは任命されてなるものなの?
かつて勇者がいた世界だから、賢者も職業なのかな。
混乱しつつも
「遠慮します。普及委員会会長だけで手一杯ですから」
きちんと断る。
だけどペッレルヴォもウオレヴィも加わっての押し問答が続く。
と。
「誰だ!そこに隠れているヤツ!」
近衛騎士団長の鋭い誰何の声が温室の空気を一変させた。
「出てこい!」
団長が剣を抜き大股で茂みに近寄る。
呪いをかけた犯人なのか。
でもおかしくないだろうか。温室の外には警備の近衛兵がいて、不審者は中に入れないはずなのに。
ペッレルヴォが私の手を握る。その前にアスラクとヒルダが出てきて、アスラクがヒルダを後ろに追いやろうとしている。
見ればウオレヴィと王は王妃を背に隠し、三人の前にはヨウシアとヤンネおじいちゃん。
その布陣を見て、本物の危険なんだと悟った。心臓がバクバク音を立て、繋いだ手が汗ばむ。
みんなが見守る中、団長が剣を構えて茂みをまわる。
その顔がすぐにゆるみ、剣は下ろされた。
「何をしているんだ。筆頭にご用か」と団長が尋ねる。
「わし?」とヤンネおじいちゃん。
すると茂みの陰からぶるぶると震えているヘルミが現れた。
場の緊張がとける。
「どうした、ヘルミ」
おじいちゃんの問いかけにも彼女は震えたままで答えない。
「そうか」とペッレルヴォ。「僕に呪いをかけたのは、ヘルミ、君だね」
「ええっ!だってまだ十歳でしょ?呪いは難しいんだよね」
「優秀だから十歳で見習いになれたんだ」
「ヘルミっ!そうなのか!」筆頭魔法使いが蒼白の顔で叫ぶ。
果たしてヘルミは。祖父よりも真っ白な顔で震えながら、うなずいたのだった。
◇◇
「ヘルミはだいぶ以前から、魔法に長けた兄上に憧れていたそうだ」
ウオレヴィがため息混じりで言った。
正午前の温室で、いつものメンバーがいつもの席に着いている。
朝、犯人がヘルミと分かったときは大変だった。筆頭魔法使いは孫を問い詰めたり、涙ながらにペッレルヴォと国王夫妻に土下座したりと大混乱。ヘルミはわんわん声をあげての大号泣。
騎士団長は少女に単独犯か、共犯がいるのかと強面で尋問し、ペッレルヴォがまあまあと取りなした。
あまりにカオス状態だったので、ヘルミは騎士団長に連れ出された。抱っこで。それにヤンネおじいちゃんがうなだれて続き、国王夫妻も続き、私たちはひとまず待機となったのだった。
かなりの時間が過ぎてようやく事件の全貌が分かり、ペッレルヴォとウオレヴィが説明を受けてきた。
「尊敬と幼い恋心が混じった感じだろうか」とウオレヴィ。「兄上が仲良くしているカナデに嫉妬心を抱き、ふたりの仲を裂こうとして考えたのが、今回の一件だ。
兄上のナマケモノ姿が大好きなカナデが再びナマケモノに会いたいと呪いを掛けた。そういう事件にしたかったらしい」
「カナデが魔法を使えないとは思わなかったそうだよ」とペッレルヴォ。「それに呪いの初歩編は簡単だから誰でもできる魔法だと、誤解していた」
「まだ十歳だからな。思考が浅い」
「昨日の午後、ヘルミがこちらに来たときに違和感があったんだ。ヤンネがあの質問をするとは思えない。解呪は犯人が見つかるまでしない予定なのに、たかだか半日後に覚えたかの確認するのはおかしかったからね」
うなずくウオレヴィ。「カナデが犯人という示唆をしたかったそうだ。それと解呪のための契機行動は」
彼は私を見た。
「兄上を好きな女性からのキスだそうだ」
またしても泣きそうな顔をしている。
罪悪感と羞恥で居たたまれない。
「ヘルミは自分でするつもりだったのですか」とヒルダが尋ねる。
「そうみたいだ。ところが恋敵に先を越されていてショックを受け、騎士団長にも見つかって、今朝の通りだ」
ウオレヴィの説明に、なんとも言えない後味の悪さを感じた。
小さなヘルミがぶるぶると震えている様は、痛々しかった。
「彼女はどうなるの?」
「叔父と姪のケンカなんだ」とペッレルヴォ。
ウオレヴィが盛大なため息をついた。
「僕はただの貴族令息だ」と、元王太子はにこりとした。「幸いナマケモノになっていたのは一日だけで混乱も起きていない。ちょっとばかりはた迷惑な身内のイザコザにすぎないと言えるだろう?
騒動の責任は取ってもらうけど、ヘルミは見習いをクビと三年間の魔法使用の禁止。ヤンネとヘルミの父は監督不行き届きで減給三ヶ月だよ」
「甘すぎます」とウオレヴィ。
「だけどきちんと法に則っている」
「法は元王太子のケースを想定していません」と、またため息のウオレヴィ。「だいたい呪いは『身内のイザコザ』レベルではないですよ、兄上」
「あの呪いはヤンネの一家ならみな解けるレベルだ」
「ヘルミは知らなかったでしょう」
兄と弟は私たちそっちのけで議論を続ける。
「陛下はそれでよいとお決めになったのかな?」
私が尋ねるとペッレルヴォはうなずいた。
「父上は最近兄上に甘いのだ」とウオレヴィ。
「許すことも大事だよ」と私が言えば、
「その通り。僕もカナデに教わった」とペッレルヴォ。
「だけど兄上をナマケモノにしただけではなく、カナデを犯人に仕立てる算段だったのですよ!」
怒りを露にするウオレヴィ。
どうやら私のためにも怒ってくれていたらしい。
「『ことの重大さが分からない子供のしたことだ』とカナデなら許すと思った」ペッレルヴォが私を見て言う。
「うん。そうだね」
そう答えると彼はにこりとした。
またまた聞こえるため息。
「悔しいけど、お似合いなのか」
そんな呟きが続いた。
「どのみち」と声を上げたのはアスラクだ。「ヤンネ様たちが実刑を受けて困るのはペッレルヴォ様です」
「その通り。ウオレヴィも分かっているよな。ただ文句を言いたいだけだろう?」
「……たまには長男に愚痴ぐらい聞いてもらいたいですからね」
照れ顔になる弟とそれを柔和な顔で見る兄と。
仲良しでいいことだ。
「これで落着ですね。良かった良かった」
このメンツの中で最年長のヨウシアが、場を締めるかのように言う。と、ウオレヴィが
「いや、まだだ」と鋭い声を出して私を見た。
「カナデ」
「何かな?」
「お前はちっとも分かっていない。ナマケモノな兄上は、兄上なのだ」
どういう意味だ。謎かけだろうか。
「ナマケモノの姿をしてカナデのお腹に頭をすりすりしたり、抱きついたりしているのはこの兄上なのだぞ。カナデに好意がある十七歳の男!」
ウオレヴィがびしりと兄を指差す。
改めて人の姿のペッレルヴォを示して言われると……なんだか恥ずかしくなってきた。
「良いのか、こんなスケベで」と語気強く、弟。
「ひどいな、ウオレヴィ」朗らかに、兄。「カナデはナマケモノが好きだから、ああしていたのだ」
「本当ですか」
「無論のこと」
「半分はそうでしょう」とアスラクが口を挟んだ。
「半分?」と私。
「思春期の青年が好きな相手にそれだけだったら、むしろ心配になります」とヨウシア。
んん?ということは?
ペッレルヴォはにこにことしている。
「やっぱり、兄上!」
ウオレヴィは声を上げると立ち上がり、私の元へ来た。
「カナデ。膝に座らせてくれ。出来れば抱きつきたい」
「ウオレヴィ!」という叫び声。
盛大なため息。
密やかな苦笑に、
「あらあら」という呆れ声。
真剣な顔をしているウオレヴィの目をまっすぐに見上げた。
「ごめん。お断りする。私はペッレルヴォが好きだって分かったから」
目前の顔がくしゃりと歪む。
困ってペッレルヴォを見ると、こちらも同じようにくしゃりとなっていた。心の底から嬉しそうに!
◇◇
二回目のナマケモノ騒動もすっかり落ち着いた今日この頃。
温室に集まり、いつものように普及委員会の仕事をしている私たちの元に、仕事上がりのペッレルヴォがやって来た。
「はい、カナデ。母君から」
差し出されたのは、お母さんからの手紙だ。受け取り、普段と厚さが違うなと思う。
封を切ってみると、中には何枚かの写真が入っていた。
『カナデへ。
そちらの国の、あなたの恋人を名乗る人から写真のリクエストがありました。あなたの部屋に飾ってあったものを送りますね。見せるかどうかは自分で決めて下さい。
で、恋人ができたなら、詳しく報告を。なる早で』
そんな内容の手紙が添えられている。
「写真ですか。見せて下さいな」とヒルダ。
「うぅん。どうしよ」
隣に着席したペッレルヴォを見る。
「お母さんに写真のリクエストをした?」
「あ、知られてしまったか」とペッレルヴォが照れる。「泳ぐときのウェアが僕たちの世界だと破廉恥だというから気になって、母君にお願いしたんだ」
「スケベ」
「仕方ない。僕もお年頃の青年だ」
「自分で言うかな」
「……私も見たい」とウオレヴィ。
「僭越ながら私も」とヨウシア。
「私も!」とアスラク。
「まったく困った人たちね」とヒルダは言って、ヨウシアの手をつねった。
イタタと体をよじるアホウな最年長。
写真に目を落とす。友達とレジャープールに行ったときのものだ。もちろん水着。がっつりビキニ。
まな板に近いスタイルだから、あちらの世界でも仲間内以外には見せたくない写真だ。しかもほぼ丸出しなこの格好。こちらではワイセツ物扱いされるのではないだろうか。
うん、見せられない。
写真を封筒にしまおうとしたら、手の中から消えた。ペッレルヴォだ。彼が素早く取ったらしい。
が、写真を見たとたん彼は息を飲み、瞬間的に真っ赤になった。フリーズしている。
彼の隣から覗き見したアスラクもまた、息を飲みフリーズ。
私は写真を奪い返すと下向きにテーブルに置いて手で押さえた。
見たいとざわつくアホウがふたり。
「ダメ。この世界の人には刺激的すぎるよ。ヒルダには後で見せるね」
「まあ、嬉しい」
と、隣のペッレルヴォがふにゃふにゃと崩れてテーブル上に突っ伏した。
「ペッレルヴォ!?」
「……のぼせてますね。どれだけ破廉恥な格好なのですか」とヨウシア。
なんてことだ。書類の束で案外純情な恋人に風を送る。
「……ダメだ、カナデ。写真は誰にもみせないで」
息も切れ切れに懇願するペッレルヴォ。
「分かった。見せない。すぐに処分するね」
「ダメ!」
テーブルに上半身をのせたまま、くわっとペッレルヴォの目が見開く。
「僕にくれ。宝物にするよ」
「っ!次にナマケモノになっても、もう抱っこしないからね!」
実は可愛いだけではなかったらしい元ナマケモノに、そう通告して。
だけど万が一またペッレルヴォがナマケモノになったら、可愛さに負けてたくさんスキンシップをしてしまうのだろうなと思うのだった。
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