1章・2 従者アスラクから説明を受ける

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1章・2 従者アスラクから説明を受ける

 元の世界に私は戻ることが出来ないけれど、手紙なら送れるというので、家族に書いて侍従長に託した。 『異世界に迷いこみました。帰れないけど元気にしています。心配しないでね』  この文面、たいていの親なら心配するだろうけど、うちの親ならワンチャンあるかも……と考えるので大丈夫。  そして問題の王子様ペッレルヴォ。ひと月前の誕生会で、彼は差出人不明の贈り物の箱を開けた。途端にもくもくと煙があがり、広間に高笑いが響き渡った。 「乙女の純情を踏みにじった恨み、晴らしますわ!醜い獣となって惨めに生きるがいい!」  どこからともなく聞こえたそんなセリフが終わるとともに煙は消え、ペッレルヴォの代わりに見たことのないケモノがそこにいたそうだ。  アスラクをはじめ王子に仕えていた者は、ペッレルヴォが乙女の純情を踏みにじったことなどないと主張した。が、そんな主張をしたところで、声の主が誰か分からないので解決にはならない。  しかもケモノにはペッレルヴォの意思もないようだ。  あれこれあってケモノは異世界の動物『ミユビナマケモノ』で、木にぶら下がるのが好きそうだとわかり、この温室に入れられたという。  ペッレルヴォは王太子ではあるのだが、立場はやや微妙らしい。母君は国力二番目の国プナイネン出身の王女だが、一歳で死別。  父はすぐに国力四番目ヴィヘラーの王女と再婚。この妃との間に三男四女をもうけた。第二王子ウオレヴィはペッレルヴォの二歳下。兄と変わらない程度の優秀さと王子の資質の持ち主だという。  この国は嫡男相続制度があるので、王太子は長男ペッレルヴォだ。だけれど世間も王妃もそして王までもが、ウオレヴィをと望んでいる。 「つまりペッレルヴォ殿下以外の人たちにとってはラッキーな状況なんだ」  だから王は、王太子のために異世界から召還した可哀想な女子高生に会う必要はない、と考えているのだろう。まだ会っていないから。 「そこまで露骨ではありません。内心がどうであれ、みなさま心を痛めていらっしゃるご様子ですし、上級魔法使いに対処させています」  それはペッレルヴォの母親が、二番目の国力の国の王女だからだ。私だって分かる。 「殿下のお話はこれぐらいで。カナデ様、ナマケモノについてご教授下さい」 「ご教授ってほどの知識じゃないけど」  頭上のナマケモノに目をやる。  高温多湿の地域に住んでいる。  夜行性。  食べ物は葉っぱとかを1日に8グラム。 「少ない!」と叫ぶアスラク。「だから動けないのか!」  彼の目はナマケモノを見ている。 「確か食べすぎても、動きすぎても死んじゃうんじゃなかったかな」  アスラクの唇がワナワナと震えている。と思ったら、キッと険しい目で私を見た。 「歩けないのです!」 「地上だと這って進むの」 「なんてことだ」  アスラクはふらふらと地面にへたりこんだ。 「そんないきものだったなんて。……てっきり狩りが得意の活動的な獣だとばかり」 「爪がすごいから?」  うなずくアスラク。 「あれは木にぶら下がるようだと思う。あの可愛い顔で、狩りが得意なはずはないじゃない」  おいたわしい、とアスラクは呟いている。 「日本では人気なんだよ。だからこんな実物大ぬいぐるみが売っているんだから」  異世界で人気でも……、と深いため息をつくアスラク。 「私は飼育員でも専門家でもないから、知っていることはこれだけ。夜行性だからとりあえず、今夜はここで様子を見るね」 「え」  アスラクが大きく見開いた目で私を見る。 「こちらで過ごすので?」 「そうよ」 「温室ですよ?カナデ様にはきちんとした部屋を用意致しております」 「へえ。ありがとう。でも任されたことはちゃんとやりたいから。……ここはちょっと暑いから、薄着になってもいいかな?」  ここは温室。ナマケモノの生息地ほどの暑さじゃないけど(多分)、ジーンズに長袖パーカーだと汗をかいてしまう。アスラクもブラウスや上着をきっちり着こんでいて、額にうっすら汗がにじんでいる。 「気が回らず失礼致しました。ですがカナデ様は17歳の女性なのですよね?」 「そうだよ」 「申し訳ありませんが、薄着はいけません。殿下にお仕えする以上、正装でございます。勿論そのようにハレンチなズボンもなりません」 「ハレンチって」  なんじゃそりゃ。それに殿下はナマケモノで意識もないのだから、どんな格好でもいいじゃない。  そう言いかけて、やめた。アスラクは真剣な表情だ。彼にとってはどんな姿であっても、大事な主なのだろう。 「分かった。なるべく涼しい服をお願いね」 「承知致しました。ではお着替えを兼ねて一度お部屋にご案内を致しましょう」  アスラクの言葉に反応して、ヒルダがささっと出て来て「こちらへ」と先導する。その後をついて歩きだす。と、背後で 「それでは殿下。失礼致します」  と聞こえた。見ればアスラクはナマケモノに丁寧に頭を下げている。  余計なことを言わなくて良かった。あれはナマケモノではない。ペッレルヴォ殿下だ。  ◇◇ 「本当にこちらでいいのですか?」  と、アスラクとヒルダ。私の夕飯についてだ。軽食で構わないから温室で食べたいとお願いした。 「うん。ナマケモノは夜行性だからね。ペッレルヴォ殿下がどのぐらいの時間から動きはじめるのか確認したいんだ」 「それでしたら私が見ておきますよ」とアスラク。「私は元よりこちらで生活をしています」  聞けばアスラクは温室の隅に天幕を張り、就寝も食事もそこで済ませているという。忠義者すぎる。 「それなら一緒にご飯を食べようよ。良かった、ひとりご飯はあんまり好きじゃないんだ」 「……分かりました」 「飼育係様がカナデ様で良かったです。アスラクは全てひとりでこなしていて、いつ倒れるかと皆心配しておりました」  ヒルダの目が少し潤んでいる。  ペッレルヴォ殿下の側仕え (兼警護)を他の者が交代すると言っても、アスラクは頑なに拒んでいるそうだ。 『信用できない』と言って。  誕生会に呪われたプレゼントが紛れ込んでいたのは、内部の仕業だと考えているそうだ。ヒルダは、場所の見張りはいなかったから誰でも入れたはず、と言う。  とはいえ大事な主が呪われて異世界のいきものになってしまったのだ。アスラクが神経質になるのも仕方ない。 「私なら信用できるでしょ?この世界に来たてだもん」 「……そうですね」  アスラクは力なく微笑んだ。  動かないペッレルヴォ殿下を眺めながらこの世界や国、王室についての詳細をアスラクから聞いているうちに日が落ちた。  温室の中にはぽつりぽつりと光る球体が浮かんでいる。  魔石というものらしい。様々な種類があるけど、あれはひとりでに浮くタイプでなおかつ灯火魔力というものを与えると、あのように光って照明になるそうだ。  本当に異世界にいるんだな、と実感をする。  ヒルダが運んでくれた軽食は、サンドイッチに唐揚げ、卵焼き、グリル野菜、フルーツだった。まるでピクニックだ。しかも美味しい。  食堂に行ってくれればもっとまともな料理を差し上げられるのに、とアスラクは恐縮していたけれど、私にはこれで十分だ。  それにしても、ペッレルヴォ殿下が動く気配がない。片時も目を離さないようにしているのだけど、指一本、顔の向き、なにひとつ変化がない。こんなに動かないものなのかな。動物園のフタユビナマケモノはもう少し動きがあったけど。ミユビナマケモノは更にナマケモノなのか。それとも。 「動くのはもっと夜が更けてからかな」 「さて」  温室のガラス越しに丸い月が浮かんでいるのが見える。大きいのと小さいの。 「この世界の月はふたつ?」 「ええ。カナデ様の世界では違うのですか?」 「ひとつよ。満ち欠けがあるの」 「それは、こちらも」  あくびが出る。 「眠いな」 「お休みになって下さい」 「やだよ。殿下の様子を自分で確認すると決めたんだから、ちゃんとやりたい」 「ですがカナデ様は異世界に召喚されたばかり。お疲れでしょう。ご無理をされてはなりません」 「優しいね。大事な主が心配だろうに」また、あくびが出る。「ねえ。ふたりのことを教えて」 「殿下と私ですか?」 「そう。眠気覚ましに、悪いけど」  アスラクによると彼とペッレルヴォ殿下は乳兄弟で、赤ん坊の頃から共に育ったそうだ。  殿下は母を早くに亡くしたこともあり、世話係りにばかりなつき、父をはじめとした王族にはなつかなかった。  第一王子として帝王学や剣術、魔法戦闘 (魔法を使った戦いだそうだ)を習いはしたが、それよりも花を愛でたり本を読んだり平和な魔術の研究をするのが好きな青年らしい。  そんな穏やかな殿下を馬鹿にする人間は貴族にも侍従にもいるそうで、アスラクはそんな奴らから大切な幼馴染を守り、今日までやってきた。  アスラクの言葉の端はしから、ペッレルヴォへの愛情や尊敬が感じられた。  そんな主がナマケモノになってしまって、しんどいだろう。私にできることは少ないけど、飼育係になったからには力になりたい……  ◇◇ 「……カナデ様。カナデ様」  名前を呼ぶ声にはっとする。いつの間にか眠っていたらしい。自分がいるところがどこか分からず、まだ夢の中かと思う。 「カナデ様」  声の主を見上げる。 「……アスラク」  そうだ、私は異世界で飼育係になったんだと思い出す。 「ごめん、寝ちゃって」 「構いません。ですが陛下がお話をなさりたいと」 「あ、そうなの?どこに行けばいい?」  いまいち舌ったらずな気がする。水を一杯もらって目をしゃっきり覚ましてから行こう。 「こちらにいらしています」 「ふえ?」  言われて気がついた。アスラクの後ろにいかにも王様!という格好のおじさんがいる。 「我が国の王、ヴェイッコ陛下です」
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