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1章・5 秘密を打ち明けられる
「呪いが解けたんだ!おめでとう!」
ふたりに歩み寄る。
「アスラク、良かったね」
だがアスラクは複雑な表情だ。
「カナデ。呪いは解けていない」とペッレルヴォ。
「じゃあ、どうして」
「月が出ている間だけ、人の姿でいられる」
「えぇっ。いつから?」
「最初からだよ」
最初から?アスラクを見ると、彼はすみませんと言って深く頭を下げた。
「すまない、カナデ。君をだましていた。このことを知られたくなくて、夜は魔法で寝てもらっていたんだ」
ペッレルヴォの静かな声。私はちょっと混乱している。アスラクは私をだましていたの?打ち解けられたと思ったのは、勘違い?
「……なんで?」
「誰にも知られたくなかったから」とペッレルヴォ。「僕はケモノである必要があった。それに、僕が僕でいられる時があると知られたら、質問をされるかもしれない。呪いをかけた女性に心当たりは、と。だけど、答えられない。犯人は、僕だからね」
「え?」
またアスラクを見る。彼はますます深く頭を下げた。
「カナデ。本当に申し訳ないと思っている。まさか異世界から僕の飼育員を呼ぶなんて、考えもしなかったんだ」
ペッレルヴォもアスラクと同じように、深く頭を下げた。
◇◇
ウオレヴィは、どうしたら兄に代わって王太子になれるかを考えていたと話していた。
だがペッレルヴォはペッレルヴォで、どうしたら弟に円満に王太子の位を譲れるか悩んでいたそうだ。それこそ円形脱毛症がふたつもできるぐらいに。
彼は王になりたくなかった。自分に向いていない自覚はあったし、弟のほうがその器だと分かっていた。
更に、父や継母、義理の弟妹、王宮の貴族や役人の大半が第二王子を支持している。一方で自分はお荷物で見下されている。
だけれどわずかながら、自分の支持者がいた。母の母国プナイネンに縁がある者たちだ。更にプナイネン王家はペッレルヴォが次期王になるのが当然、との考えだった。
悩みに悩んだ彼は、誰も傷つけず、仕方ないと判断される方法を思い付いた。それが今回の呪いだった。
王太子が意思のないケモノになってしまったら、その地位を取り上げざるを得ない。ペッレルヴォの支持者も諦めるほかないだろう。
万が一にも弟一派が犯人だと疑われないように、呪った犯人は自分が傷つけた女性と思われるような工作もした。そんな女性は存在しないけど、念のため冤罪を生まないようアスラクに、そんなことはあり得ないと主張してくれるよう頼みもした。
自分の策は完璧。これで円満に弟が王太子となるだろう。
だがそんなペッレルヴォの策略は、最初から失敗してしまった。
予想に反して父王が自分を案じ、呪いを解くことを重要視したのだ。しかも王太子の変更をする様子もない。
更に、ペッレルヴォは女性に恨みを買う人間ではないと多くの者が考え、弟一派が黒幕ではと疑われるようになってしまった。
そしてこれが一番の問題。
てっきり肉食で獰猛活発と思って選んだ異世界のケモノが、全くそんないきものではなかったこと。
「体が重くて思うように動かせない。立てない。歩けない。日の当たらないところにいると体温がぐんぐん下がる。私自身もアスラクもパニックになってしまった」
テーブルにペッレルヴォ殿下と向かい合わせで座り、アスラクが入れてくれたお茶が湯気をたてている。
「……ん?殿下はナマケモノのとき、意思があるのですか?」
「ある。先ほどと同じ理由で、ないフリをしていた。すまない。
とにかくパニックになった私たちだが、月が出れば人の姿になるから、その間に食事をした。だがナマケモノに戻ると、お腹が重くて余計に動けなくなってしまう。異常な眠気にも襲われる。ずっとその繰り返しだった。父たちがここまで心配するなんて思わなかったし、ましてや異世界から専門家を呼ぼうとするなんて予測外だった。しかも召喚の儀が成功するなんて。カナデにはどれだけ謝っても足りないと思っている」
うなだれるペッレルヴォ。アスラクも頭が膝につくんじゃない?というぐらいに頭を下げている。
「むちゃくちゃムカつく」
「『ムカつく』?」とペッレルヴォが顔を上げる。
「怒っている、ってこと」
「申し訳ない」王子は再びうなだれた。
「ちょっと立って」
「え?」
「立って!」
私も椅子から立ち上がり、王子の横にたった。
「はい、口をしっかり結んで」
おりゃ!
と掛け声と共に、王子のお尻に蹴りを入れた。もちろん、軽く。だって私より体重がなさそうだから。
「うちのお母さんがね、弟たちが小さいころ、命に関わるような危ないケンカをしたらお尻をたたいていたの。ここが一番、ダメージが少ないんだって。王子様は蹴られたことなんてないでしょ?いいザマだね!」
ペッレルヴォは泣きそうな顔をしている。
「……ひどいよ。人の人生めちゃくちゃにして。日曜は友達と原宿行く約束だったんだよ。見たい映画もあったし、高校を出たら動物の専門学校に行って、動物園に就職するつもりだった。成人式に振り袖着て同窓会する夢も、南米に旅行する夢も、全部ダメになっちゃったじゃん」
ガマンしても、涙が浮かんでしまう。この異世界で前向きにがんばろうとどんなに思ったって、私の日常が消えてしまった哀しさはなくならない。
それなのに被害者のはずの殿下が犯人だったなんて、あんまりだ。
「……本当に申し訳ない」王太子は地面に膝をついて、頭を垂れた。「呪いが解けたら、どんな償いでもする。罰も受ける」
「そうしてもらう!」
……ん?『呪いが解けたら』?
「それ、本当に呪いなの?自分で自分にかけたの?」
そう、とうなずくペッレルヴォとアスラク。
「まさかと思うけど、自分でかけたのに自分で解けないの?」
再びふたりはうなずく。
「なんで!?失敗しちゃったの?」
「……殿下は不退転の決意でことに臨んだのです」とアスラク。
「不退転の決意って。方向が違わない?まずは王様たちと腹を割って話す勇気を持つべきだったよね」
「その通りだ」とペッレルヴォ。
「ああ、腹が立つ!」
私はどかりと椅子に座った。「アスラク!私、不良になる。やさぐれる!今すぐケーキとポテチを持ってきて。夜中にデブ活してやる!」
ただいま、とアスラクが走り去る。
その足音が聞こえなくなると、大きく息を吐いた。
「殿下。座っていいよ」
ペッレルヴォは静かに立ち上がり、腰かけた。私を見る目が切ない。……後悔していることが、痛いほどによく分かる。
「なんで今日、抱っこをせがんだの?スケベなの?」
「……カナデはナマケモノをすごく好きなのだろう?ああすれば喜んでくれるかと思った」
「喜んだよ。淋しさが和らいだ」
この人が優しいのは事実だと思う。誰も傷つかない方法を禿げるほど悩み考えて、今回のことになったのも本当だろう。
「ナマケモノをどこで知ったの」
「かつて異世界から来た勇者様がお持ちになった書籍に載っていた。愛くるしい顔と鋭い爪のアンバランスに惹かれて、子供のころからずっと憧れていたんだ」
ペッレルヴォが片手をかざすと、宙に光の粒が集まりやがてそれは形になった。本だ。手渡され、受けとる。
「『ナショ○オ』!」
「そちらの世界では有名な書なのか」ペッレルヴォは嬉しそうだ。
「というかこれ、去年の」
これは私も持っている。ミユビナマケモノ特集があるのだ。ただ、異様に古い。色は褪せているし、ボロボロだ。昔の勇者が持って来たのが事実なら、こちらとあちらで時間がずれているのかもしれない。
「確かにこの号の写真はどれもベストショットだけどさ。だからって異世界のいきものを選ぶなんて」
「この世界でポピュラーないきものを選んだら、どれが本物でどれが僕か分からなくなる恐れがあるだろう?いくら月の光の元で人の姿に戻れても、光が届かない檻の中に閉じ込められたらケモノのままだ」
「なるほど。異世界のいきものならば、この世界にただ一頭。殿下以外にいないもんね」
「ちなみに入浴は、天幕のバスタブをここに移して済ましている。決して眠っているカナデの傍らで入ったりはしていない」
「そんなこと、考えてなかったよ」苦笑がこぼれる。
ふう、と息をつく。折よくワゴンを押したアスラクが戻ってきた。
たくさんのケーキ、熱々のポテチ、果物、チョコ、クッキー、サンドイッチまである。
「……こんなに?」
「料理長を叩き起こして、魔法で10倍速で動かし、作ってもらいました」
「……料理長が可哀想」
「夢だと思っていますし、後ほど何かしらのフォローは致します」
さくさくお皿を並べるアスラク。
ペッレルヴォを見る。
「……私も同じだ。料理長が叩き起こされるなんて思わなかった。自分の浅慮な言葉がどんな影響をもたらすか、考えなかった。まいったな、殿下と一緒じゃん」
「全く次元が違う」
ペッレルヴォが言い、アスラクがうなずく。
私は椅子にもたれて目を閉じた。
「この怒りやら悲しさやらのやり場がないよ」
「申し訳ない」
「でもさ、私、殿下の描く絵が好き。こんな絵を描く殿下は、細やかで丁寧なひとなんだろうなって想像してたよ。あんな立派な弟がいちゃ、そりゃ悩むよね。誰も傷つけないように、って考えるのも分かるよ。腹を割って話せとか言っちゃったけど、私だってお母さんに末っ子ばかり可愛がってずるいとか、淋しいとか言えなかった」
「カナデ……」
色々なことが頭に浮かぶ。
だけど私はこの異世界で暮らすほかないのだ。
目を開いてペッレルヴォを見た。
「よし、終了。気持ちは切り替えた。殿下への罰はさっきの蹴りで終わり」
「終わり?」
「そう。私は楽しく穏やかに暮らしたい。だから、この件はおしまい」
ケーキを二種類皿にとる。
「で?どうしたら殿下の呪いは解けるの?」
ケーキをもぐもぐする。
「……」
返事がない。見るとペッレルヴォの目には涙が浮かび、アスラクは鼻をズビズビ言わせていた。
「おかしくない?泣きたいのは私だよね?」
「な、泣いていない」とペッレルヴォは目を見開く。「カナデに心打たれてはいる」
アスラクがしきりにうなずく。
「なにそれ」
「カナデには誠心誠意尽くすと誓う」
王子様にそんな誓いを立てられるって。ちょっとは嬉しい気もする。ペッレルヴォはキレイだし。
「じゃあ殿下が人に戻ったら私はワガママの限りを尽くすから、覚悟してね。ほら、呪いについて話して」
「それは言えない。すまない」
「なんで!?」
「呪いが解けるための契機行動は、それと知って行った場合は無効になるんだ」
「……ごめん、ちょっと意味が分からない」
つまりですね、とアスラクが私のお皿のケーキを指差した。
「呪いはそのケーキを食べたら解けます。だけどそのことを知っていた場合、呪いは解けません」
「何も知らずに食べたときだけ、呪いが解けるってことか」
ペッレルヴォとアスラクがうなずく。
「なんでそんなに厄介な呪いにしたの!」
「ですから殿下は不退転の決意で……」
「知るか!」
はあぁっと深いため息が出る。
「アスラクは知っているの?」
「はい」
「魔法使いたちが呪いを解く方法を研究しているのは?」
「無理だ。契機行動以外では解けないようにしてある」とペッレルヴォ。「魔法の研究は好きだから、複雑な術が得意なんだ」
「その実力はほかで発揮すべきだったね」
「すまない」
となると、契機行動とやらをするほかない。
「ヒントは?」
ふたりは揃って首を横に振る。
「一生ナマケモノだったらどうするの?」
ペッレルヴォとアスラクは顔を見合わせた。
「なんとか呪いを解きたいです。まさかこんなに時間がかかるとは思わなくて」とアスラク。
「一生ナマケモノだったら」とペッレルヴォ。「カナデはずっと飼育係でいてくれるかな」
思わず、バカちんがー!と叫んでしまった。何をのんきなことを言っているのだ。
もしやペッレルヴォは、ナマケモノ生活を気に入っているのだろうか。
◇◇
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