1章・7 飼育係の任を解かれる

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1章・7 飼育係の任を解かれる

 城内の豪奢な広間。玉座には王が座り、そこを中心に王妃や王子王女、偉そうなおじさんたちが並んでいる。そのはじっこにナマケモノなペッレルヴォを抱えた私。わずかな客。他には警護の騎士しかいない。  これからペッレルヴォの王太子解任の手続きと、ウオレヴィの立太子の儀が執り行われるのだ。  数日前に、私が王とウオレヴィに頼んだ。ペッレルヴォは円形脱毛症がふたつもできるほど、どうやって弟に王太子の位を譲るか悩んでいたらしいと告げ、彼のために王太子を変更してほしいと頭を下げた。  もちろんふたりは、まずはペッレルヴォが人の姿に戻ることが先決で、それから話し合うと言った。  だけど呪いの犯人がペッレルヴォを殺すのではなくケモノへ変えたことには、きっと意味がある。いずれは人に戻す気があるに違いない。彼が辛い目にあえば溜飲を下げ、呪いを解くかもしれない。  そう力説した。  説得力に欠ける話だけど、私の様子があまりに熱心だったから、そこから何かを汲み取ってくれたみたいだ。最終的に受け入れてくれた。  きっとこれでペッレルヴォの呪いは解ける。  ペッレルヴォが自らナマケモノになったのは、弟に位を譲るため。ならばそれが行われれば、彼の願いは成就する。ナマケモノでいる必要はなくなるのだ。  変更の決定を知った彼もアスラクも、何も言わなかったけれど安堵しているのは一目瞭然だった。きっとこれが正解だ。  そしてペッレルヴォは、弟の立太子の儀に参加したいと望んだ。  私の抱っこするナマケモノ殿下に、丁寧に挨拶をする人もいれば、鼻で笑って通りすぎる人もいる。  ちなみにはじっこにいるのは、ペッレルヴォの希望だ。広間に入る前に王と妃に挨拶をしたのだけど、ふたりともはじに立つことを気にかけていた。出席するならば、王族の並びにいないとよくない、と。だけどワガママをきいてもらった。  時間になり、粛々と儀式が始まる。まずはペッレルヴォの王太子解任。アスラクが台座に乗った冠を手に恭しくやってきて、それを偉そうなおじさんに渡す。あれは王太子の証の冠だそうだ。そしておじさんから、王へ。  それから王が何やら書類にサインして終了。  役目を終えたアスラクが私の元に来た。肩の荷が降りたような、安堵の表情をしている。小さな声でご苦労様、と労った。  次はウオレヴィの立太子の儀。今回は先に書類にサインをした。王、ウオレヴィの順だ。さて次は戴冠、というところで王は広間を見渡した。 「今回の王太子変更は、国民の不安を軽減するためのものである。ペッレルヴォの呪いを解くことを第一に考えてきたが既に六週間。王都に広く知れ渡り、民は動揺している。ペッレルヴォの意思が分からない状況での王太子変更は本意ではないが、全て民のことを考えてのことである」  アスラクが床に膝をつき、頭を垂れている。ペッレルヴォの従者として異存がないことを伝えているのだろう。  それからウオレヴィが王の前にひざまづいた。  王はアスラクから戻されたばかりの冠を手にして、 「本日、我ヴェイッコはウオレヴィを王太子に任ずることをここに証す」  そう言ってウオレヴィの頭に冠を乗せた。 「民のため国のため、善き王太子として尽くすことを天に誓います」  ウオレヴィがそう言って、立ち上がった。  沸き上がる拍手。  と、私の腕の中に光の粒が集まりだした。どんどん大きくなり、目を開けていられなくなる。そして腕の中の殿下が、すっと消えた。  きっと人に戻った。  恐る恐る目を開けると、すぐ前に小さな後頭部があった。数歩下がる。後頭部はもちろんペッレルヴォで、その向こうに唖然とした人々の顔が見えた。  ペッレルヴォが振り返る。穏やかな笑みを浮かべていた。  彼は再び前を向くと、王と新しい王太子の前に進み出た。 「ペッレルヴォ!」 「兄上!」  王と弟が声を上げる。  ペッレルヴォはゆっくりと床にひざまづいた。 「陛下。この度、私ペッレルヴォに呪いをかけた犯人は、私自身です」  とたんに広間がどよめいた。 「私には王太子の任は重すぎました。どうにか逃げたいと日々願い、考えついたのが人ならざるものになり、重責を弟に押し付けることでした。まさかこれほどの大騒動になるとは思わず、軽率の極み。どうぞ相応の処罰を、この阿呆に科して下さい」  王はワナワナと震え、ウオレヴィの見開ききった目には光るものが見える。  なんでそんな言い方をするのだと叫びたい。けれどきっと、ウオレヴィは兄の策略のせいで王太子になったとの体裁を整えることが、ペッレルヴォの償いなのだ。  ちらりとアスラクを見ると、顔の下の床に小さい水溜まりがふたつある。 「……ペッレルヴォ」  呼び掛ける王の声が掠れている。王も息子の言葉は偽りだと気づいているに違いない。  そこへ王妃がずずいっと出てきた。 「なんと情けない!」広間が震えるほどの大声だ。「第一王子でありながら、王太子の任が重いなどとたわけもいいところ。更に、かように姑息な手段でその任から逃れようとするなど、王族の恥である」 「母上!」ウオレヴィが王妃に声をかけるが、彼女は鬼のような形相で継子を見下ろしている。 「この騒動で、どれほどの公費が使われ、マイナスの影響を被(こうむ)った者がいることか。そなたは分かっておるのか」 「申し訳ございません」  ペッレルヴォは更に深く頭を下げる。 「妃」と王。 「陛下。この者には使った公費の返還、また王族からの離籍が望ましい処罰でしょう」と王妃。  また広間がどよめく。確かに騒動は起きたけれど誰かが傷ついたわけじゃない。王族離籍は重すぎる罰ではないか、といった声が聞こえる。 「しかしながら!」とまた王妃が声を上げる。「この呪いは真にみごとな魔法であった。我が国の上級魔法使いたちが束になっても解ける兆しはなく、糸口すらみつからなかった。その魔法の腕前を失うのは惜しい。此度の騒動を悔いる思いがペッレルヴォにあるならば、宮廷魔法使いとなり、その素晴らしい能力を、我が国我が民のために尽くすべきである」  ペッレルヴォの父にしてスィニネンはの国王はうなずいた。王妃はさっと脇に下がる。 「第一王子ペッレルヴォに処罰を言い渡す……」  ◇◇  私は飼育係を解任された。当然だね。飼育するいきものがいなくなったのだから。変わりに新しい立場を授けられた。 「カナデ。新しいチームの申請書だ」  ウオレヴィが一枚の紙を差し出す。 「『チーム王妃』?なにこれ。まさか王妃様のチームじゃないよね」  隣のアスラクも紙をのぞきこむ。 「母上の侍女たちが結成したチームだ」 「え!女子だけ?」  うなずくウオレヴィとその従者ヨウシア。  温室のいつものテーブルセット。ちょっとばかり暑いけど、なんとなくここに集まるのが定例となっている。  私の新しい仕事。それは『スリー・バイ・スリー普及委員会』の会長。ウオレヴィが副会長でアスラクとヨウシアが会計と書記だ。  異世界のボールにウオレヴィはすっかり夢中になってしまった。さらには私がテキトーに説明したバスケにドはまり。ただ、人数が集まらないし、コートを作るのも大変だからと半分ですむ、なんちゃってスリー・バイ・スリーを始めたのだが。  これが城内でまさかの大流行。若い侍従や騎士を中心に、やりたがる者が後をたたず、折よく(?)飼育係を解任された私が普及委員会会長に就任し、ルールの普及とコーチをすることになった。  さすがになんちゃってじゃまずいかなと、筆頭魔法使いを通して、家族からスリー・バイ・スリーのルールブックを取り寄せた。ついでに魔法使いたちは有料で、水晶によるバスケの試合観戦の商売を始めた。噂によると、王と王妃も夢中とのことだったけど。 「女子だけのチームか。王妃公認となれば、女子チームが増えるぞ。こりゃズボンをハレンチなんて言っていられなくなるね」  クフッと笑ってアスラクを見ると、 「ハレンチなことは変わりませんが、私自身は嫌いな訳ではありません」  と澄まし顔でのたまった。何気にヨウシアも大きくうなずいている。 「カナデ様!」  声と共にヒルダが駆けて来た。顔が上気している。 「これ、お願いします」と申請書を出す。「王妃殿下の侍女たちが出したっていうから、私たちも」 「オッケー。お預かりします」  先ほどのと合わせて、新規用ボックスにいれる。 「それでね、カナデ様。女子は服装が問題でしょう?」 「だね。今、その話をしていたんだ。ズボンなんて持ってないんでしょう?」  うふふ、と笑うヒルダ。 「そこですよ、カナデ様」  そことはどこだ。 「あちらのチームと私たちのチーム共同で、『うえあ』というものをデザインしようってことになったんです」 「え!いいじゃん!」 「ウオレヴィ殿下の侍女たちもやりたいみたいだから、そうしたら3チームで!構わないですか?」 「もちろんだよ」  ヒルダは、ありがとうございますっと言うと、走り去った。 「みんなすっかり仲良しだね」  とウオレヴィに言うと、彼は少しだけ複雑な顔でうなずいた。 「兄上の尊い犠牲の上のことです」 「犠牲って」  苦笑がこぼれる。ペッレルヴォが王族を離籍されたことを、ウオレヴィはどうしても納得できないのだ。生涯年収や周囲からの扱いに雲泥の差があるかららしい。 「ほら、当のペッレルヴォ様が来ましたよ」とアスラクが言う。  見ればご機嫌な顔をしたペッレルヴォが小道を辿ってくるところだった。  王族からの離籍と同時に、宮廷魔法使いへの就職。王妃はペッレルヴォの胸の内をよく理解し、最高の待遇を用意してくれた。しかも、だ。ペッレルヴォは魔法の研究は好きでも魔法使いとして仕事をしたことはないからと、筆頭魔法使いが養子に迎えて教育してくれることとなった。筆頭魔法使いとは、私がこの世界に転移して最初に話した、あのおじいちゃんだ。  弟子で十分じゃない?と思ったら、筆頭魔法使いはこのスィニネンで最も有力な貴族なんだそうだ。ただの元気がいいおじいちゃんではなかったらしい。そこに養子に入ったのだからペッレルヴォの身分は貴族だし、後ろ楯はばっちり。安心して好きな魔法に没頭できる。  その上、筆頭魔法使いはおじいちゃんなので家督は息子に任せて城住まいなんだそうだ。だからペッレルヴォも城に住んでいる。王子のための豪奢な部屋から、魔法使いのための部屋に引っ越しはしたけど、こちらも十分に豪華な設えの部屋だ。  そしてアスラクは筆頭魔法使いの使用人として、養子の世話を任されている。  なんだかもう、完璧すぎる。全部王妃の発案らしい。プナイネンへの配慮だと言っているようだけどね。  ペッレルヴォは私とアスラクの間に座ると、封筒を差し出した。母からの手紙だ。 「異世界から僕が取り出したんだ」と嬉しそうなペッレルヴォ。  みなが声をあげてのけぞる。 「もう、そんな難しいことができるように?」とアスラク。  どうやら相当に高度らしい。 「まあね」と鼻高々なペッレルヴォ。 「兄上は魔法使いが適任ですね」とウオレヴィ。  ペッレルヴォの鼻はますます天を向く。 「私が王になったときは、ぜひそのお力をお貸しください」  鼻は通常の位置に戻った。 「もちろんだよ、弟よ」  仲良くなった兄弟を横目で見ながら便箋を取り出す。 「なになに。『写真ありがとう。本当に異世界にいるのですね』」  筆頭がカメラ魔法を古い書からみつけてくれたのだ。私はペッレルヴォ、アスラク、ヒルダ、ウオレヴィ、ヨウシア、ナマケちゃんと城をバックに写真を撮り、家族に送った。 「『カナデの両脇のイケメン、イケメン過ぎて尊いです。どちらか片っ方でいいのでお母さんに譲ってください』だって。どっちが行く?」 「わ、私は王太子としての責務があるからいけない。兄上、どうぞ」とウオレヴィ。 「いや、僕は魔法使いの修行途中だし。何よりカナデのそばを離れたくないから、ウオレヴィに任せる」とペッレルヴォ。 「っ!私だってカナデのそばにいたい。なあ、カナデ。私の妃になってくれないか」 「王太子が何をとち狂ったことを言っているの」 「父上、母上はカナデならいいって!」 「へ?」  どうしてだ。私は異世界の一般庶民だよ?  いや、きっと聞き間違いだな。妃ではなくて侍女と言ったに違いない。 「何を言う。カナデは僕の大事なひとだ。ウオレヴィにはやらん」 「は?飼育係はもう終わったよ?」 「飼育係としてじゃないよ」ペッレルヴォが私の手を取る。「伴侶としてそばにいてほしい」 「ハンリョ……?」 「ずるい兄上っ」  あいた手をウオレヴィに取られた。 「カナデと僕はキスした仲だ」 「兄上はナマケモノだったではありませんか。それとも人の姿でしたのですか?」 「ナマケモノでもした事実は変わらない」  ふたりがにらみあう。 「あのさ。もしかして私はふたりに結婚を申し込まれているのかな?」 「「そう!」」と声を揃える兄弟。 「悪いんだけど、お断りするよ。私の世界じゃ17で結婚する人なんて少数派。女性の結婚平均年齢は30歳近いんじゃなかったかな」  確か家庭科でそう習った気がする。  が、ふたりは30……と絶句している。 「王太子が30歳まで独身でいるわけにはいきませんね」とヨウシア。 「ペッレルヴォ様は待てませんね」とアスラク。「既にこっそりプロポーズ用指輪を探していますもんね」  アスラク、と真っ赤な顔で怒るペッレルヴォ。 「ええと。ペッレルヴォ、ごめん。私、美人すぎる男性はちょっと。イケメンは好きだけど、毎日見るならほどほどがいい」 「そんな!」 「ならば私!」 「ウオレヴィもごめん。王族なんて私はなりたくないんだ」 「なんてことだ!」 「ということで、手を離してもらえるかな」  ふたりは渋々と手を解放してくれた。  ペッレルヴォのお茶を持ってきたヒルダが 「カナデ様、モテますねえ」と笑っている。 「ほら、新規申請書を受理して。第一回交流戦の計画を立てようよ」  アスラクとヨウシアは、はあいと返事をしてそれぞれの仕事にかかる。 「僕はただの一般会員だし」とペッレルヴォ。  王子として剣術などを習得しているから体を動かすことはできて、シュートはめちゃくちゃ上手い。だけどスポーツに興味はないそうだ。普及委員会に入ったのは、ただこの集まりに参加したいかららしい。 「ね、カナデ。僕は決めたよ。君に絶対に好きになってもらう」とペッレルヴォ。 「私だって。カナデ。王族に加わってもいいと思えるほど、いい男になって見せる」とウオレヴィ。 「んー。私の好感度をあげたいんだったらさ、まずは仕事しようよ」 「うわっ。真理」と笑うヨウシア。 「さすが元飼育係。躾が上手い」アスラクはにやついている。  そしてペッレルヴォとウオレヴィは、大慌てで自分の書類に目を通し始めた。  やれやれと息を吐いて周りを見渡して。ちょっと離れた椅子に座るナマケちゃんが目に入った。 「そうだ。スリー・バイ・スリー普及委員会のマークを作ろうよ」  いいね、と賛同の声が上がる。 「何にする?ボール?ゴール?」とペッレルヴォ。 「もちろん」  私はにっと笑ってナマケちゃんを手で指し示した。 「ミユビナマケモノだよ」
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