後編

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後編

「――そのとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉり!」 「「!!」」  駐車場の空間いっぱいに、もう二度と聞きたくなかった男の声が響き渡る。シュトラーゼとミライがバッと柱の陰から顔を出すと、二人が隠れていた位置から十メートルと離れていない場所に、黒づくめのパチモンスター軍団と、それを従えた白衣の男・Dr.マヤギスがズラッと居並んでいた。いつの間にこんなところまで近づいて来たのだろう。 「ホッホッホ……その女から手に入れたデータは、大変興味深いものでしたよ。解析も終わりましたので、あとは貴様と一緒にその女を始末するだけなのです、シュトラーゼ」 「「「イホーッ!!」」」  始末という単語が聞こえて、ミライは全身にゾッと怖気が走るのを感じた。ミライが思わず後ずさりするのと同時に、シュトラーゼが柱の陰からサッと飛び出して、マヤギスの目の前に立ちはだかった。 「ミライにはこれ以上、指一本触れさせねぇぞ!」 「そういう訳には参りません。貴様も知ってのとおり、パチモンスターどもをパーフェクトな存在に仕上げるためには、オリジナルには消えてもらう必要があるのです」  言うが早いか、マヤギスは右手をサッと高く掲げて宣言した。 「出でよ、新たなる我がしもべ……パチモンスター・アイドル!」 「キェェェェェェェッ!」 「ひっ……!?」  奇声と共にマヤギスたちの背後から跳躍し出現したその存在を見て、ミライはまた再び悲鳴を漏らしそうになった。  それは、醜悪としか言い表しようのない怪物だった。巨大な目玉に、耳元まで裂けた大きな口。申し訳程度にリボンなどつけているが、髪を振り乱した様子はまるで口裂け女かヤマンバを思わせた。細身の体躯に張り付いたボロボロで色あせた布きれは、目を凝らしてよく見るとミライがいま着ている衣装とほぼ同じデザインだった。  シュトラーゼの説明によれば、あの大量の黒づくめのパチモンスターたちは、一種のサナギみたいなものだという。その中の一体に何らかのデータをマヤギスが組み込むと、それを反映した姿にパチモンスターは進化するのだそうだ。  つまり、あのパチモンスター・アイドルという怪人には、ミライを強引に撮影して入手したデータが組み込まれているということになる。何をどう解析したのかは知らないが、自分からあんな醜い怪物が生み出されたなんて何かの間違いだと思いたかった。 「そんなパクリ丸出しの雑魚になんて、やられるもんか! かかってこい!」 「雑魚かどうか、試してみるといい! ゆけぃ!」 「ケケケェェェッ!」  挑発に応じたマヤギスの号令で、パチモンスター・アイドルがシュトラーゼ目掛けて一直線に飛び掛かる。当然シュトラーゼも、それを迎え撃とうと身構えた。  がしかし、そこから先は予想だにしない展開だった。なんと、パチモンスター・アイドルがシュトラーゼの目前で視界から消えたのである。 「なっ!」  シュトラーゼが驚愕していると、その背後から奇声を上げてパチモンスター・アイドルが襲い掛かってきた。瞬時に防御態勢をとるシュトラーゼ。ところがまた目の前でパチモンスター・アイドルは姿をくらます。そしてまた別の方向から現れ、今度はシュトラーゼのボディに鋭い爪の一撃を命中させた。 「ぐわああああああ!」  金属製のボディの一部が切り裂かれ、コンクリートの壁で四方を囲まれたグレー一色の空間に盛大な火花が舞い散った。倒れる暇もなく、またしても別の方向から二撃、三撃とパチモンスター・アイドルの爪が繰り出される。  次から次へと予測不能の方向からやってくるパチモンスター・アイドルの攻撃に、とうとうシュトラーゼはドサリ、とコンクリートの床に音を立てて倒れ伏してしまった。 「は、速すぎる……!」 「ケーケケケケケケケケケケケ!」 「ホッホッホ、手も足も出ないようですねぇ。最初の威勢はどこに行ったのでしょう?」 「ぐ……」 「シュトラーゼ!」  ボロボロになっていくシュトラーゼの姿が見るに堪えず、ミライは思わず傍に駆け寄ろうとしてしまった、が、シュトラーゼが即座に手でそれを制する。 「下がってろ……ミライ……!」 「シュトラーゼ……」 「ミライは絶対に……俺が守る……血と! 汗と! 涙と! 人間の数えきれない努力が生み出したものを……こんな簡単に壊されてたまるかってんだよ!」  そう言いながら、シュトラーゼは傷だらけの体を押してその場に立ち上がる。全身から煙が立ち上り、危険を知らせるアラームが鳴り響いていたが、お構いなしだった。  その言葉と、行動を見てミライは思った。ああ、確かに彼には心があるんだな、と。たとえロボットだろうが異次元出身だろうが、そんなことは関係ない。シュトラーゼは自分たちと何の違いもない、ただ体が機械で出来ているだけの、心を持ったニンゲンなのだと。 「フン! 血も涙も流れていない機械人形風情が……知った口を聞くな! とどめを刺してしまいなさい、パチモンスター・アイドル!」 「キェーッ!」  マヤギスの容赦ない言葉と、心持たぬ複製品の怪物の叫び声が地下駐車場に木霊する。パチモンスター・アイドルのトリッキーな高速移動が再開された。右に現れたかと思えば、左に。前に現れたかと思えば、後ろに。一瞬先の動作を全く予測することが出来ない。  どうしよう。どうすればいい? 自分も何かシュトラーゼの力になりたい、とミライはそう強く願うようになっていた。かといって、自分が戦場に突っ込んだらシュトラーゼの頑張りを無駄にするだけだ。一体どうしたら。 「ホーッホッホ! 素晴らしい……まるでレプリカ帝国を祝福する、勝利の舞いです!」  マヤギスはパチモンスター・アイドルの戦いぶりを眺めながらそう言った。  それを聞いた瞬間である。ミライはふとある事実に思い至り、改めてパチモンスター・アイドルの動きを見つめた。左。右。左。左。左。ミライは自分でも知らぬ間に叫んでいた。 「シュトラーゼ、右よ!」 「!」  即座に反応したシュトラーゼが自身の右方向に向かってハイキックを繰り出す。直後、その間合いに自ら飛び込んできたパチモンスター・アイドルが鋼鉄の回し蹴りを喰らって吹っ飛び、近くの柱に激突した。  やっぱりだ。自分の予想に確信を抱いたミライとは裏腹に、マヤギスや、攻撃を命中させたシュトラーゼ自身も、まったく訳が分からないという様子だった。 「シュトラーゼ……今からアタシの言うとおりに動いて!」 「み、ミライ?」 「いいから早く!」 「……おぅっ!」  困惑していたシュトラーゼだったが、ここは素直にミライの言うことに従うと決めたらしい。片やマヤギスは、今起こったことを認められないでいるようだった。 「ええい、単なるまぐれだ! 構うな、パチモンスター・アイドル!」  想定外の攻撃を喰らってよろめいていた敵怪人も、ようやく床から立ち上がると例の動きを再開し始めた。しかし、それが命取りだ。ミライは大きく息を吸い込むと、その日一番の自信を持ってシュトラーゼへの指示を開始した。 「右! 右! 左! 後ろ! 前! 右! 左! しゃがむ! 左! 左! 左! 右!」 「な……!?」  マヤギスが思わず絶句するのも無理はなかった。先程からパチモンスター・アイドルの動きが完全に、ミライが予測した通りのものになっていたからだ。方向さえ分かっていれば当然、シュトラーゼに見極められない攻撃はない。  全ての攻撃を防ぎ切り、反対に一撃、一撃、確実に拳や蹴りをパチモンスター・アイドルにめり込ませていく。最後にはとうとう、パチモンスター・アイドルはマヤギスの目の前に転がされる羽目になっていた。 「な、何が起きているのだ? 我がパチモンスターが貴様の言う通りに動くなど……」 「マヤギスっていったわね。確かに貴方の作った怪人は優秀よ……アタシが今日まで、何度も練習を続けてきたダンスの振り付けを、そっくりそのまま真似しちゃうんだからね!」 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」  マヤギスが目に見えて狼狽した。  そう、キッカケはマヤギス自身が怪人の動きを「勝利の舞い」に例えたことだった。考えてみれば簡単なことだったのだ。パチモンスター・アイドルにはミライのデータが組み込まれている。あの醜悪な怪物は、規模こそダイナミックになっているが、動き方そのものはミライの体に染みついた振り付けを再現しているだけだったのだ。 「シュトラーゼの言う通りよ。パチモンだか何だか知らないけど……アタシが今日まで続けてきた頑張りを、そんなニセモノなんかに壊させやしないのよ!」 「お、おのれぇ!」 「これで終わりだ、マヤギス!」  シュトラーゼが声高らかに宣言し、腰の部分に装着されていたタッチパネルのような機器を操作した。すぐさま、初めてシュトラーゼが出現したときと同様のノリノリのアナウンス音声が発せられる。 『シュトラーゼフィスト コピーライトスラッシュ!』  たちまちシュトラーゼの両手が、目くるめく変化する七色の光に包まれた。シュトラーゼは腰を低く落としながらゆっくりと、両手で大きく周囲に弧を描く。そしてコンクリートの床を蹴ってジャンプすると、空中で軌道を変えるべく辺りに立ち並ぶいくつかの柱をも次々と蹴りつけながら敵怪人目掛けて飛び込んでいった。  七色に輝くシュトラーゼの腕が、超スピードで空中を突き抜けていく。赤に、緑に、紫に。空中に描かれた光の軌跡は、さながら極地の夜空に磁場とプラズマが織りなす巨大なカーテンのようだった。その美しさに、ミライは魅了される。 「でぇぇぇぇぇいやぁぁぁぁぁっ!」  シュトラーゼが裂帛の気合いを放つ。すれ違うその刹那、エネルギーを纏ったシュトラーゼの手刀がパチモンスター・アイドルの胴体を両断した。着地したシュトラーゼはザザッと床の上を滑りながらブレーキを掛ける。  直後、甲高い断末魔の叫び声と共にパチモンスター・アイドルが大爆発を起こした。  呆気にとられたままのミライの眼前に、いつの間にか取って返して来たシュトラーゼが両手を広げて立ちはだかった。盾となったその背中で猛烈な爆風が受け止められた瞬間、ミライは思わず身をすくめ頭を覆った。微かな火の粉と熱気だけが、ミライの元へと届く。 「ぎゃあああ! 顔が! 顔がぁぁぁぁ!」  揺らめく炎の向こう側で、そんな絶叫が聞こえた。恐る恐るシュトラーゼの背後を覗くと、そこではマヤギスが自身の顔を押さえながらコンクリートの上でのたうち回っていた。遠目に見ても何が起こったかは分かる。間近で爆発が起こったうえに、心のないパチモンスターたちでは自発的に咄嗟にマヤギスを守ることは出来なかったのだ。  地下駐車場という狭い空間で行き場を失った炎と熱波と衝撃波の全てを、マヤギスはモロに浴びてしまっていた。パチモンスターたちに大分遅れて助け起こされた時、その顔は目を背けたくなるほどに焼けただれていた。 「おん……のれぇ~~~~~~シュトラーゼ~~~~~~!」 「マヤギス、もう諦めろ!」 「これで終わったと思うなよ……必ず! 私はレプリカ帝国を完成させてやるのだぁ~~~!」  もうすっかり丁寧口調を忘れたマヤギスは、パチモンスターたちに引っ張られながら大慌てで、最初現れた時と同じく空間を歪めた大渦の中へと消えていった。 「逃がすか!」 「ま、待ってシュトラーゼ!」  マヤギスを追おうとするシュトラーゼをミライは思わず呼び止めてしまった。すると、シュトラーゼはその顔のディスプレイに笑顔らしき模様を表示した後、グッと親指を立てる動作でミライを激励してみせた。 「自信持てよ、ミライ。ミライなら絶対にプロのアイドルになれる。だってミライはずっと、そのために頑張ってきたんだからな!」 「…………うん!」  そう返事をし、ただただ頷き返すことしか出来ないミライ。  そうだ、引き止めることなど出来るはずがない。何故なら、シュトラーゼには使命があるのだから。彼は自らの為すべきことを為した。ならばミライもまた、いま自分自身が与えられた使命を果たすべきではないか。  ミライが見守る中、颯爽と走り出したシュトラーゼは時空の狭間に飛び込んでいき、そして姿が見えなくなった。時空の穴が徐々に小さくなり、やがて消える。  自分でも知らない間に、ミライは涙を流していた。  想定外のパニックに見舞われたものの、トーキョ~☆サイキョ~☆アイドルフェスタ! は一時間ほど間をあけた後に無事再開された。観客側に巻き込まれた人が一人もいなかったことが唯一の救いで、同時にフェスタを続けられた理由でもあった。  それでも観客たちは、何が何だかよく分からないトラブルで長時間待ちぼうけを食ったことに少なからず不満を募らせていた。その不満を何とか解消させようと、女性司会がやっと電源の入ったマイク越しに強引に明るい声を発する。 「――無事フェスタが再開出来て良かったですねぇ! それでは皆さん、お待たせしてしまいましたが再スタート一発目は本日特別参加の期待の新星! メイド喫茶『D ー GITAL』からやってきたミライちゃんです、どうぞ!」  アップテンポな曲が会場いっぱいに流れ始める。ミライは舞台袖で毅然と顔を上げると、再び明るくライトアップされたステージの中央目指して元気のいい動きで登場してみせた。観客の多くはミライが誰だか知らないため、戸惑いの様子を隠しきれていない。この反応は想定内だった。  が、観客席の最前列。ミライの眼には確かにその姿が映った。地下アイドルだった数年間、メイドカフェでずっと自分を応援してくれていた人々だ。今夜フェスタに参戦することは事前にメイドカフェでも告知されていた。地下アイドルというのはプロアイドルに比べ、ファンとの繋がりが密接だ。彼らはミライの晴れ舞台を知って、会場に駆けつけてくれていたのだった。彼らの存在もまた、ミライが積み重ねてきた頑張りの証だった。  ミライはまずメイドカフェからのファンたちに向けて最上級の笑顔を送った後、会場全体を見渡しながら微笑み、そして今自分に出来る最高のクオリティで歌を歌い始めた。  ミライは決めた。もう迷わない。シュトラーゼは自分を守ってくれた。客席最前列の彼らも応援してくれている。ならばミライ自身もまた、それだけの価値があったといえるアイドルになろう。まずはこの会場にいる人々全員を元気にすること。それが自分の使命だ。  ミライの迷いなき歌に、踊りに、パフォーマンスに、最初は戸惑っていた観客たちも次第に惹きつけられていき、やがて会場全体が一体となって熱狂の渦が舞い戻る。  暗闇の中で波のように繰り返し揺らめくサイリュームが、ミライへの最高の賛辞だった。 「みなさーん! はじめましてーっ♪」  歌を歌い終えてすぐ、ミライは観客たちに向けて挨拶した。 「待たせてしまってごめんなさい……自己紹介がまだでしたね。アタシの名前はミライ、よろしくね♪」  フェスタが終わって数日後、観客アンケートで無名の新人とは思えないほどの得票数を獲得したミライは、文句なしにプロデビューすることが決定した。  そのデビューシングルとされたのは、新人としては珍しいながらもミライ自身の作詞によるものだった。その名もずばり『オーロラ』だ。  別の世界へと旅立っていった今も、ミライの心の中にシュトラーゼはいる。 (終)
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