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目を瞑って、と言うライラの甘い息が、くちびるのすぐそばに渦巻いた。
言われた通り目を瞑る。途端、目の前が真っ暗な闇に落ちた。
――リュカ。
暗闇の中にライラの声が響く。
――リュカ。目を開けてみて。
恐る恐る目を開く。その瞬間、身体の下にあったベッドが抜け落ちた。
真っ逆さまに暗がりを転がり落ちていく。目の脇を、無数の小さな光が彗星のように通過していく。驚きで声も出せない俺の耳元で、ライラがきゃらきゃらと笑い声を上げた。
「……リュカ、馬に乗っているんだよ! 僕らはいま夜空を走っているんだ」
気づけばライラが俺の背後で、手綱を握っていた。
尻の下には、たしかに躍動する獣の感触。目の前に黒く艶めく鬣が風に吹かれている。
空翔ける漆黒の馬だ。風のような速さで、星屑の散らばる夜空を駆け降りていく。
足元を覗き込んで仰天した。宝石箱をぶちまけたような夜の街並み。都の中心に、天を貫く尖塔の列。青白い光をはらむ白亜のドーム。
月明かりに浮かび上がる異国の王宮がそこにあった。
「……すっげえ! 嘘だろ! 何だよこれ!」
全身に鳥肌が立つ。背中から、ライラが俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
「やっぱり見えた! リュカなら見えると思ったんだよ! ねえ、もっとこの世界が見たい?」
見たい!と叫んだ瞬間、深夜のベッドの中に戻っていた。急に速度を失った身体が、重力に馴染まずふわふわとしている。
目の前の闇に、瞳を輝かせるライラの顔があった。
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