追憶の先、交わす約束

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 ――ふたたび視界が開ける。真っ白な天井。身体全体が固定されているらしく、自由に視線を動かすことができない。しばらくすると、部屋のドアが静かに開いた。  オリヴィア、と魂の抜けたような声が耳に届く。  視界に現れたのは、ジョルジュの蒼白な顔。髪は乱れ、泣き腫らしたのか目の周りが真っ赤に染まっていた。  オリヴィアが唯一動かせる右手が、その頬に伸びる。ジョルジュはその手を握りしめた。 「……オリヴィア、君は、妊娠していたのか?」  その言葉に愕然とした。――そうか。だから病院に。 「どうして言ってくれなかったんだ。もし知っていたら……君を舞台に立たせたりしなかった」  ――ごめんなさい。ごめんなさい、ジョルジュ。 「謝らないで。それに、君は周りからひどい嫌がらせを受けていたんだろう? なぜ何も言わなかったんだ。どうして君は僕にぜんぶ隠して――」  ジョルジュの瞳から涙が伝う。  ――重荷になりたくなかったから。あなたはいま大事な時期だから、余計な心配をかけたくなくて…… 「オリヴィア、どうして君はそんなふうに……君が僕の重荷になるはずがない。君の美しさも才能も心も、そのすべてが僕の物語の源泉だった。僕はね、僕が愛する物語を、世界中に見てもらいたかったんだよ。だけどそんな僕の独りよがりが……僕らから大事なものを奪ってしまった」  くしゃりと歪むブルーの瞳。涙の粒がこぼれ落ちる。  ――ジョルジュ。赤ちゃんは……だめだったのね。  オリヴィア、オリヴィア、すまない、とジョルジュはベッドに顔を伏せ、声を詰まらせて泣いた。  そのとき、胸の奥の糸が一本、ぷつりと切れる音がした。
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