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ぽつぽつと、涙の粒が紙の上に降る。インクで書かれた言葉たちが、真っ黒に滲んでいく。
物語の内容は、読まなくてもわかる。ライラたちが生きる、あの凄惨な千と一の夜だ。
その語り手は、ジョルジュ爺さんだった。そしてたぶん、憎悪で形作られた魔王自身も。
――あの人は、こんな救いのない物語を書く人ではなかったの。
突然その声は、俺に語りかけるように脳裏に響いた。
――生きる苦しさと歓びを、絶望の先の希望を、人を赦し愛することを描ける人だった。
いつの間にか、隣にオリヴィアが立っていた。美しい金の髪、ほっそりとした白い手足。ジョルジュ爺さんと同じ色の、優しいブルーの瞳。
――私はこの後、川に身を投げた。弱かったの。心が壊れてしまった。あの人から、子どもも仕事も生き甲斐も奪ってしまったという負い目を、抱えたまま生きていくことができなかった。
涙に震える、その美しい指先。勇気づけるようにそっと握りしめる。
そしてオリヴィアは俺に言った。
「お願いよ、リュカ。あの人を、無限の夜から救い出してあげて」
約束するよ、オリヴィア。
その明るい空のような瞳に誓う。
ふたりがまた出会えるように、幸せな結末を描くよ。
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