夜空から降る、ライラ

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 手を引かれるまま、夜の街を疾走する。女装少年が足を蹴り出すたび、アンクレットが星屑のような音を立てた。  左右に揺れる髪のあいだに、腰まで開いた小麦色の背中が覗く。なめらかに動く肩甲骨、真っ直ぐに伸びる背骨、張りのある腰の曲線。しなやかな筋肉の躍動。まるで美しい獣のような。  この気取った街には不似合いの、目の眩むような残像。通り過ぎる人たちが驚きの声をあげ次々に振り返る。踊る髪の先から吹き上げる、灼熱の砂漠の風。  振り返った動物的な黒い瞳が、俺を見て笑った。 「やったっ! 逃げ切れた!」  大きく開けた口から、白い歯並びが覗く。  やがて街を横断する大きな河のほとりまで出た。  心臓の暴走が止まらない。肩で息をしながら顔を上げ、あらためて驚いた。――かわいい。男だってわかってるけど、その辺の女の子よりずっと可愛い。  しかも汗ひとつかかず、余裕の笑みを浮かべている。橋の欄干にもたれ、少年は可愛らしく肩をすぼめた。 「さっきは受けとめてくれてありがと。さすがにあの高さだと、ひとりで飛び込む勇気がなかったから」  いったい何から質問をすればいいのかわからない。どうしてそんな女装をしているのか、自分たちは何から逃げていたのか、「検閲」とは何のことなのか、そしてなぜ身体に重みがないのか――  額の汗を拭い、女装少年に一歩近づく。少年の脇に両手を差し込み、その身体を肩の上まで持ち上げてみた。  さっきと同じ感覚だ。まるでぬいぐるみを抱き上げているみたいに重みがない。 「……あんた、何でこんなに軽いの。筋肉はちゃんとついているのに」  俺に抱き上げられた少年が、星空の下きゃらきゃらと笑い声をあげる。 「ねえ、ちょっと! 恥ずかしいから下ろしてくれない? 向こうにいるカップルが君のこと変な目で見てるから」  そう言われ、仕方なく少年を地面に下ろす。少年は黒い瞳をくるりと回し、面白がるように俺を見上げた。
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