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「シカ?」
「ええ。それはもう、私たちとは比べ物にならない程に立派なツノよ。ただ」
「ただ?」
「坊やが一匹で行くには、危険かもしれないわ。山には多くの危険が潜んでいるから、お薦めはできないわね」
ウシは、鼻からこちらに届く程の息を吹き出して、ボクに真剣な顔を向けた。
「そんなに、危険なの?」
「ええ。坊やの首についている可愛らしい鈴を見るに、あなたには大切な人がいて、その人もあなたを大切に想っているのでしょう。それがどういうことか、坊やにはわかる?」
ボクには少し難しい質問のようで、問われた意味を理解することが出来なかった。
「大切な人を大切にするためには、自分を疎かにしてはいけないってことよ」
それでも、深く理解するのは難しい。
「ボクにはちょっと……よくわからないや」
「ふふふ。そうね。まだ、早いわよね。簡単に言うとね、危ないことはしないで、側にいてあげなさいってことよ。時間は永遠じゃないわ」
「側に……。うん、分かったよ! ありがとうウシさん。山に行って、ツノを手に入れたらコウタの側にいることにするね!」
「あっ。ちょっと坊や……」
ボクは、早速走り出した。もうすぐだ。もうすぐボクは、コウタにお返しができる。ボロボロのボクを家に入れてくれたコウタ。美味しいご飯と温もりをくれるコウタ。
そんな優しいコウタに、ボクはプレゼントを渡せるんだ。
ウシが何かを言っていた気もするけれど、ボクは気持ちが逸って仕方がなかった。
辺りは既に薄暗く、空にはどす黒い雲が怪しく揺れていた。
あの時もう少し話を聞いておけばと後になって後悔するのだけれど、このときのボクの頭の中は、コウタの笑顔でいっぱいだったんだ。
コウタ、本当にごめんね。
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