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[森の熊さん]
森の中に一軒の家がある。
そこには大柄な男が住んでおり、名を森野熊一という。力持ちで、大工として働いている。
大柄で強面なのはまわりも同じような感じなので目立つことはない。ただ、無口な男だった。
「おい、それでなくとも俺らは見た目が怖いんだからさ、愛想よくしろや」
先輩が背中をたたく。それが気にくわないとかそういう訳ではない。
見た目はゴツく強面だが性格は優しく自分より歳が若い者の世話を焼きたがる。それゆえに熊一を心配してそう言っているだけだ。
「はい」
だが熊一はその言葉通りにはできなかった。どうしても表情がぎこちなくなってしまうからだ。
「いいじゃないの。それも個性だよ」
とただ一人、強面の中に美しい顔と毛並みをした狼の獣人がいる。
「司狼さん」
彼は大神司狼といい棟梁の孫だ。昔からの顔見知りも多く可愛がられていて、休憩の時間になるとお茶とお菓子を用意してくれる。
「まぁ、そりゃそうだ」
熊一よりも休憩を選び仲間の輪の中へと入っていく。残されたのは熊一と司狼だ。
「熊一、俺とここで休憩しよう」
「え、あ、はい」
二人きりは緊張する。
熊一は話をするのが上手くはなくつまらない男だ。それをわかっているので普段からあまり人とは話さないでいた。
だが司狼が現場へと来るようになってからというもの毎日話しかけられ、たまに二人で休憩時間を過ごす。その時も会話は司狼がして熊一は聞くだけだ。
きっとつまらないだろう、そう思っているのだが司狼はそれでも熊一を誘った。
「ほらお茶とお菓子。今日は羊かんだよ」
熊一は辛い物やお酒より甘いものが好きだ。
「ありがとうございます」
嬉しくて耳がぴくりと動いた。座っていなかったら小さな尻尾が揺れているのを見られていたかもしれない。
「俺の分もあげる」
「駄目です」
「いいの。さっきつまみ食いしたから」
食べてと綺麗な顔が近づく。
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