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[笠と蓑]
笠と蓑を身につけて、雨の中司狼の家へとやってきた。
「どうしたの?」
「いえ、あの、漬物なんですけど」
司狼は甘いものより辛いものが好きだ。休憩時間に菓子を用意してくれたのは熊一のためだったのだ。
何かお礼をと思い酒と漬物を持ってきたのだ。
「雨の中、持ってきてくれたの。さ、囲炉裏にあたって」
「いえ、これを置いたら帰ります」
「でも寒いでしょう? 鼻が真っ赤だよ」
と司狼の長い指が鼻へと触れた。
まだ触れられることに慣れていない熊一は一歩後ろへ下がった。
「それじゃ」
「待って」
ふわりと司狼の匂いがしたと思えば濡れた熊一に抱きついていた。
「お、司狼さん!」
これでは司狼まで濡れてしまう。引き離すが既に遅し。服が濡れていた。
「どうして」
「帰ろうとするから」
「囲炉裏に」
「君も一緒になら行くよ」
司狼は頑固なところがある。それを知ったのはつい最近のことだ。
「わかりました。お邪魔します」
笠と蓑をひっかけて囲炉裏の傍へと向かう。
「丁度、汁物を作ったんだ。漬物も貰ったしご飯を食べていきなよ」
土間の棚に置かれた椀と箸を二つずつ。大盛の米と熊一の作った漬物。そして囲炉裏にかけてある鍋からは良い匂いが漂ってくる。
「ほら、お食べ」
「頂きます」
一口飲めば冷えた体にしみる。
「はぁ、美味い」
「こんな雨の日だから仕事は休みだし、熊一に会えないかと思ったよ」
「何を」
そう、今日は雨で仕事は休み。家に一人きりでいることは全然苦ではなかった。それなのに、いつも隣にいた人がいないだけで寒さを感じた。
それがなんなのかはよくわからなかったが、あまりに寒くて仕方がないからお菓子のお礼をと漬物と酒をもって司狼の家へきたのだ。
「ねぇ、熊田も俺に会いたいと思ってくれたの?」
司狼の顔を見た瞬間、心がぽかぽかとした。
そして暖かな囲炉裏と汁物が体を温める。
きっと司狼の言う通りなのだろう。
「はい」
「嬉しい」
傍に来て抱きしめられる。じわじわと熱が伝わり、それがとても心地よい。
「熊田、今日はこのまま泊っていきなよ。ね?」
一人きりの家で眠るよりここの方が温かく眠れそうだ。
頷くと司狼が嬉しそうに尻尾を振った。
自分より大人の彼がそうする姿は珍しく、そんなに喜んでもらえるとはと思うと自分の尻尾も揺れていた。
「浴衣もあるんだよ」
長持ちを開き浴衣を取り出して手渡された。広げるとあきらかに司狼が着るには大きく、いったい何のために用意したのかと首を傾げた。
「きっと君に似合うと思っていたんだよね」
「え!?」
まさか自分のために用意したものだったとは。理由がわからず困惑してしまう。
「お風呂、用意するね」
やたらと楽しそうに世話を焼き始める司狼に、もともと彼はそういう人だったと、だから着るものもあるのだと納得することにした。
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