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【ご褒美はおあずけ】
もうすぐ夜が明ける。あと数時間もすれば通勤ラッシュにもまれ会社へと向かうことになるだろう。
しばしの静間を味わうためにベランダにでるが、さすがに冷える時期になったなと腕をさする。
「なんだ、ここにいたのか」
と声を掛けられ振り向いた。そこには湯気の立つマグカップを二つ手にした花村が立っていた。
彼とは同期入社で同じ営業。ライバル同士である。
普段はクールな男前も徹夜明けでぼろぼろな顔をしている。顔には薄くひげの痕がある。きっと自分も同じような姿をしているだろう。
「珈琲。ブラックでよかったんだよな?」
「ありがとう」
それを受け取ると息を吹きかけてすするが、目を白黒させる。
「苦いな」
「豆の分量を間違えたか」
同じように珈琲をすすり、苦いと口にする。
分量を間違えて入れるくらいに疲れているのだろう。
「作り直してくる」
「別にいい。お前でも失敗するんだな」
「いつもは完璧だ」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くが、
「今回はギリギリ間に合ったな。助かった」
そう口にして隣へ並んだ。
「いつもは余裕なのに、何で今回に限って……」
あのプライドの高い男が明日のプレゼンを落とすわけにはいかないからと手伝ってほしいと頭を下げたのだ。
「そうだな。中で話そう」
「わかった」
ソファーに腰を下ろすと花村からプレゼン資料を渡される。
それはとてもよくできていた。だが、すでにもっとよいものを見てしまっている後だ。
「時間がないとわかっていても、いいものをだしたい。お前だってそうだろう?」
その気持ちはわかる。きっと自分もそうしていただろうから。
「わかるよ」
「他の人はきっとこれでいいというだろう。時間がないのだから諦めろともな。だが私は確実に仕事をとりにいきたいし、お前には負けたくない」
「そうだな。営業の成績だけではなく、男としてもお前は負けているしな」
にやりと笑って見せれば悔しそうな表情を浮かべた。
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