「酔っちゃったみたい」の本当の意味は、まだ帰りたくない

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 外の風は生ぬるくて、ぞわりと鳥肌が立った。 「酔っちゃったみたい」  らしくない言葉を口に出して、渚に枝垂れかかる。渚は嫌な顔もせずに、私をそっと受け止めて反対の手でスマホを取り出した。 「タクシー呼ぶから」 「送ってくれないの?」  言葉とは裏腹に脳はいたって冷静だ。見上げた空は、シーンっと静かで居心地が悪い。 「危ないから、帰りなよ」 「酔っちゃったの」  言えるわけないじゃん。帰りたくないんだよ、気づけよ鈍感。抱きしめられたいんだよ! 「はいはい、だからタクシー呼ぶって」 「だいじょうぶ、だいじょうぶ」 「ちゃんと歩ける?」  差し出された左手を握りしめれば、緊張で汗が噴き出る。優しく握り返された手から熱が全身に広がった。 「俺の家の方が近いから、俺の家くる?」 「いいの?」 「しょうがないでしょ、放っておけないから」  諦めのような口調に、胸の奥が痛い。酔った勢いで、このままキスとかしちゃえばと思ってたけど。  やっぱり、酔った勢いじゃダメな気がする。  だって、本当にずっと好きだから。そんな不埒な真似はしたくない。もうしちゃってるけど。  渚の歩くペースはとてもゆっくりで、気遣いを感じる。横を通り抜ける風が、心地よくほんの少しの酔いを覚ましていく。  自分自身が思ったよりも冷静じゃなかったことに気づいてしまって、顔がほてる。どうして、あんなことを言ってしまったんだろう。  急に立ち止まった渚が、まるで分かっていたかのように私の瞳を覗き込んだ。 「酔いは覚めましたか」  子供をあやすような口調に、泣き出したい衝動に駆られる。恥ずかしすぎる、私。 「渚に、抱きしめられたいんだよいつも」  それでも、お酒で鈍ってしまった理性は働かない。欲望のままの言葉は、気づいた時にはもう渚に投げつけられていた。 「それで、満足?」 「だって、渚のこと、好きなんだもん」
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