ぼくは存在しない

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ぼくは今日も両親に痛めつけられていた。 目が合えば、殴られ。 自分の身体を抱きしめるように庇えば、蹴られ。 声を上げれば、首を絞められ。 泣くことも自由にさせてはくれず、怒鳴られ、さらに手を上げられた。 痛くて、痛くて、痛くて。 どうしてぼくだけなのだろう。 ぼくと同じ日に産まれた、もう一人の子は手を上げられることもなく、ぼくには向けられたことのない優しい笑顔で、優しい手つきで頭を撫でている。 食事だってそうだ。 地べたに座らされ、残り物を床に時には、ぼくに向かって投げつけられたり、忘れられることもあるのに、あの子はきちんと椅子に座って、親から食べさせてもらっていることもある。 「美味しい?」とか聞いたりして。 どうしてぼくだけこんな目に。 ある時、その子が悲しそうな目をして、「どうしてあの子は床に座って、食べているの?」と訊いたことがあったが、それを言った後すぐに、「あの子の教育に悪い」と言って、狭苦しい物置部屋に追いやられてしまった。「ここから一歩も出るな」と言い残して。 それからは手を上げられなくはなったが、同時に食べ物を口にすることが段々と減っていった。 このまま誰にも知られず、孤独に息絶えるんだなとどこか他人事に思いながら過ごしていると、「やっと、見つけた」と扉が開かれると同時に幼い声が聞こえた。 痩せこけた自分とは違う、けれども、きっと毎日ちゃんと食べれていれば、同じくらいの体型と顔立ちのあの子が、パンを持って立っていた。 「ずっと探していたの。お腹空いていると思って、持ってきたんだ」 はい、と言って持ってたパンを差し出してきた。 自分にきちんとした食べ物を分けてくれる人がいるだなんて。 ぼくにとっては初めて見る物で本当に食べていいのかと躊躇っていると、「ぼくが食べさせてあげる」と言って、一口にちぎって、「はい、あーん」と口元に持ってくるのをおずおずと口に含んだ。 「·····!」 初めて口にする物に酷く感動を覚えてしまった。 「ね、美味しい·····──どうしたのっ?」 「··········ぇ·····」 素っ頓狂な声を上げるその子に、小さく声を上げた時。 自身の視界が歪み、頬に雫が伝っているのを感じた。 「美味しくなかった?! どこか痛いの?」と思いつく限りのことを訊いてきたが、ぼくは何も答えられずただひたすらに泣くだけだった。
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