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その日は平日の午後だった。
学校終わりの女子高生が帰りに来るまであと一時間くらいの時刻にその人はやってきた。
カランコロン
「いらっ……しゃい……ませ……」
私は多忙になる前の空いている時間に品揃えをしているところだった。
入口扉に備え付けてある鈴の音に、条件反射のように挨拶をしながらお客さんを確認をする。早めに来た女子高生のグループか遅めの休憩に来たOLを想像していたのに、まったく予想外の人が来たのだ。
歳は六十代かもしかすると七十代かもしれない男性。ごま塩白髪の角刈り、眼光は鋭く口元なきりりと締まり、痩身の着物姿。足もとは裸足に草履。
どう見ても私の勤め先のスイーツパーラー[エピキュリアン]に相応しくないお客さんである。
男性はじろりと店内を見回したあと、ウインドウ側の四人掛けの席に座った。座ってしまった。お客さまになってしまった……。
おしぼりとお水をトレーに乗せていくしかない。私は覚悟を決めると男性に近づいた。
「いらっしゃいませ」
「メニューを」
忘れてた。
当店はテーブル毎にメニューは置いてない、追加注文をしたりあとから変更されないためだ。
「すぐにお持ちします」
慌ててカウンターに戻り、メニュー表を取ってお渡しする。男性はひと通り目を通すと、ひと言注文した。
「特製エピキュリアンパフェを頼む」
「はいいいいい!!!!」
思わず品なく問い返してしまった。
「あ、あの、特製エピキュリアンパフェは、予約制パーティ用の……」
「いいから持ってこい」
有無を言わせない鋭いひと言に、言葉が続かなかった。
「……店長に訊いてまいります」
──特製エピキュリアンパフェ──
それは当店の看板メニューである[エピキュリアンパフェ]のパーティ仕様で10人前はあるという代物だ。
それゆえ予約されたパーティにしか出せない、手間ひまかかるので、今から作れと言われても無理だし、ましてや一人で食べるなんてもっと無理なのだ。
しかし男性の見た目や言葉に私は言い返せなかった。あれは絶対ヤ○ザだ、反社会的勢力だ、私では勝てない、店長に何とかしてもらおう。
カウンターの奥の厨房に入ると、忙しくなる前の仕込みをしている店長に伝える。
私の話を聞いて店長の顔色がみるみる変わっていく、手を止めて中からホールを覗いて驚愕する。
「まさか……どうしてスイーツの銀が……」
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