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「店長、知っているんですか」
私の問いかけに応えもせず、身だしなみを整えエプロンを外してホールに出て男性の前に立つ。
「いらっしゃいませ、特製エピキュリアンパフェはお時間がかかりますがよろしいでしょうか」
「かまわん」
「……わかりました。それでは少々お時間をいただきます」
うやうやしく頭を下げると、足早に戻ってくる。
「くるみ君、今日はもう閉店だ。急いで閉店の看板を出して、臨時休業の紙を貼ってきてくれ」
「は、で、でも、」
「いいから早く、それともう話しかけないでくれ、今から真剣勝負になるから」
店長はエプロンを着けると、今まで見たことのない真剣な顔で厨房に戻っていった。
何がなにやら分からないまま、とりあえず言われたままに閉店の札を入口扉に下げると、コピー用紙にマジックインキで臨時休業と書いてテープで貼りつける。
常連の女子高生四人組がやってきたのはその直後だった。貼り紙と中にいる着物老人にただならぬ空気を感じたのか、あーだこーだと言いながら帰っていってしまった。ごめんね。
とりあえずやる事が無くなったので厨房に戻ると、店長が食材をあらためて吟味をしていた。
──なんて真剣な目つきなんだろう、あんな顔を見たのは久しぶりだ。
私こと甘井くるみは大学を出て、とある会社に勤めていた。無味乾燥な人生、生きるための生活、夢とか希望は就職できた途端何もなくなってしまっていた。
そんな私の楽しみはスイーツめぐりだった。
色んなお店をまわり、おすすめのスイーツを食べる、それが楽しみだった、生きがいだった、そして出会ったのがスイーツパーラー[エピキュリアン]の看板メニュー、[エピキュリアンパフェ]なのだ。
快楽主義と名乗るこのパフェは、文字通り私を快楽の世界へと落とし込んでくれた。
横から見れば南国のヤシの木を連想し、上から見ればそこの太陽を思い起こさせる飾りつけのフルーツトッピング。
フルーツを食べ終わると容器のトップにはヨーグルトクリームによる酸味で口の中を整える。次に甘い甘いマンゴージャムとなり、それ食べるとバニラアイスがお出ましだ。
ラズベリージャムと程よく混ぜ合わせ食べると
最後のフレークとなる。上段は溶けたアイスやクリームを含んで軟らかく、飴細工で仕切られた下の部分はこうばしく口の中をしめてくれる。まるでスイーツの定食のような演出だ。
この味に惚れ込んだ私は、後先考えずに会社を辞めて、押しかけ弟子として飛び込んだ。
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