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店長兼パティシエの水菓子実は、ヨーロッパ各地を巡りスイーツの研究をし帰国してからさらに修行して、お店を開いたという。
四十過ぎででっぷりとした体型で、いかにも人の良さそうなパティシエという見た目であるが、じつは職人肌で口数が少なく接客が苦手だったので私は雇ってもらった。
「店……」
慌てて口を押さえた。話しかけるなということを思い出したのだ。
厨房でいつも特製エピキュリアンパフェ用に使うプラスチック製のワインクーラーを、カッティングボードの前に置いて見つめている。
パーティ用に作られる特製タイプは、皆んなで楽しくわいわいしながら食べる演出を目的としている。
取り分けできるように、クリームやジャム、フルーツソース以外の固形スイーツは人数分の物を彩りよく飾りつけられ、しかも軽い食感からだんだんとどっしりとしたモノになっていく。
ノーマルのエピキュリアンパフェが定食なら特製はコース料理のような代物である。
……何を迷っているんだろう。
季節によってフルーツを代えたりするけど、特製の作り方は変わらないはずだ。
十人分のパフェを頼まれたのだからそれを出して、「お客さん、これが特製エピキュリアンパフェです」と言って圧倒させて「食べきれません、調子にのってすいませんでした」とすごすごと帰させればいいじゃないか。あとはスタッフが美味しくいただきましたでめでだしめでたしでしょ。
「よし」
突如、そう言い放った店長はまるで普段からやっているような流れで、でも見たことの無い流れで、見たことの無いパフェが作られていく。これは……。
「──これはいつもの特製エピキュリアンパフェじゃない……」
お店のメニュー、スイーツにはすべてテーマがある。
癒やすため、元気になるため、恋するため、ホッとするためなど、そんな想いを込めて作られお客様にお出しする。
休日や空いた時間に店長に指導してもらう時の心構えとして何度も言われてきたので、それぞれのスイーツにはどんな想いが込められているんだろうと考えるようにしている。もちろん食べながら。
しかしいま作られているモノはまったく見えなかった。
何も考えていない、やけくそで作っているのかと一瞬思ったが、その動きからはそれを感じられなかった。
何かの意志がある。
けどその意志がわからない。
必死に読み取ろうとしたが、無理だった。諦めてただただ出来上がっていくのを息を呑んで見る事しかできなかった。
しばらくして店長が動きを止めぽつりとつぶやく。
「……できた」
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