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「しかもどこかのインタビューで兜塚さんが話しちゃってね、オレのひと言が世界的パティシエをつくったなんて自信がついちゃって、その後はどこのお店にいってもダメ出しするようになり、自分をわかってもらう為にあえて目立つ格好をするようになったんだ」
真摯にスイーツに対するのなら問題はなかったのだが、私利私欲のために息子を菓子職人にするようなお父さんは、ちやほやされる周りの態度にあっという間に堕落し、態度が少しでも気に入らないと酷評するような人間になってしまったらしい。
「母親から現状を知った私はすぐさま帰国してオヤジを説得したがダメだった。すでに我儘に拍車がかかっていた。おかげで私の評判もガタ落ちでね、国内ではどこも雇ってくれなかったんだよ」
苦労はしたが何とか自分の店を持つことができた。だけどお父さんの酷評で潰された人達の嫌がらせでなかなか軌道に乗らなかった。それどころか同じく閉店の憂き目にあったという。
「この店で三軒目かな。我ながらいい根性していると思うよ。最初は海外の投資家の資金で、次は大手チェーン店グループのフランチャイズで、どちらもあっという間につぶれてしまった」
「じゃあこのお店は」
「オヤジの入ってる老人ホームはとある財団のものでね、私の腕を買ってくれた財団が専属になるのを条件に借金の肩代わりとオヤジを入居させてくれた。糖尿病から認知症になっていたオヤジの面倒をみるのは限界になってたんだ」
「専属なのにお店をやっているんですか」
「入居費と借金の返済で給料は相殺、生活費を稼ぐためにお店を持たせてくれた。まあそのぶん借金も増えたんだけどね」
そんな裏事情があったのか知らなかった。
「え、じゃあ……私の給料は……」
はしたなくも自分の事を心配してしまい、店長は苦笑しながら教えてくれた。
「ちゃんとその分稼いでるから大丈夫だよ」
私は顔を真っ赤にしてすいませんと謝った。
──そんな騒ぎがあった数週間後、休憩時間中に店長に呼ばれる。
「じつはね、この間の糖分控え目スイーツが老人ホーム向きだから週イチで配達してくれないかと言われてるんだ。で、それを君に頼みたいんだけどやってくれるかい」
店長が仕込み中は私の休憩時間だ。配達を引き受けるとそれが無くなる。
「いいですよ、やります」
裏事情を知ったからには店長のお役に立ちたい。翌週から私は老人ホームに配達するようになった。
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