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ペア解消となり良かったことが一つある。先生との関係は仕事上の付き合いではなくなったと思う。今までのような、上司と部下では無くなり、実際に小学校で会う機会も全く無くなった。
一方で、SMSの交換は相変わらず続いていた。その上、水曜日にはどちらかの家で晩飯を食べるよう誘いあうようになっていた。水曜日は、週に一度は残業せずに早めに帰宅するよう言われている先生の指定日になっているそうで、サポーターの日ということで予定を開けている夏生とはお互いに都合がよく、
会って話せばやはり楽しいしで、何となく待ち遠しく感じていた。駅近辺の弁当だったり、昨日から煮込んだカレーライスだったりという気の置けない内容だったのも良かったのかもしれない。テレビで野球中継を見ながら晩飯を食べたおかげなのか、多少はタイガースの選手に詳しくなったと思う。
夏生の2回目のワクチン接種の時は大変で、先生は看病する気満々で勝手に盛り上がり、熱が出なくても金曜日の夜は一緒にいると言い出したので困った。
「大丈夫ですよ」
「いやいや、遠慮しなくてもいいよ」
「ひとりでゆっくり寝ますから」
「心配だから。俺ん時も大変だっただろ」
「だから大丈夫ですよ」
「いやいや」
という押し問答の末に、何故だか夏生が高岡の家に泊まるという結論に達してしまい(決定打は予備布団の有無。大学生の一人暮らしがそんなもの持ってない)、ワクチン接種後に、駅で待ち合わせることになった。
夏生が改札に到着すると、高岡は前回自分が沈没していたベンチの前で広告を眺めていた。待ち時間にスマホをいじっていないのが、何ともこの人らしいと思えた。上背のある身体を屈めて神社の案内広告を読み込んでいる姿は、妙にかわいらしく見えてしまい、胸がほんのりと熱くなった。
「先生」
夏生が声をかけるまで、高岡は真剣に読んでいたみたいで全く気が付いていなかったようだ。
「わ、びっくりした」
「何かいい事書いてありましたか」
「十一月に例祭があるんだって。屋台も出るみたいだな。一緒に行こうか」
「今年、出来るのかな」
「そうだよな。でも、やってたら行こう」
高岡に、肩にポンと手を置かれた。注射を打たれたところよりも、いま触れられたそこの感覚の方が、夏生の中にズシンと来た。
二人で高岡のマンションに向かう道すがら、
夏生は実家近くの神社の秋祭りの話をした。町内ごとにからくり人形が載った山車が出て、クライマックスには紙吹雪が舞う中、桃から桃太郎人形が登場する様子を高岡に話すと、彼は「俺も見てみたいな」と呟いた。
もちろん高岡と一緒に実家に行くことなんて、この先あるはずもない事なので「機会があれば是非」としか言いようがなかったが、見てみたいと言われたことはとても嬉しくて、一方でそんなことでも嬉しく感じる自分が気恥ずかしくなった。
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