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今日の仕事は4時過ぎには終わり、夏生はそのままアパートに帰った。大きな荷物は置いて、部屋をざっと片付けているといい時間になってきたので、サコッシュバッグにスマホとキーケースだけ入れて駅のスーパーに向かう。頼まれたもやしとガリガリ君の梨味と、ついでにエアリアルも買った。
もう全部習慣になっている。駅から商店街を抜ける道、神社前を通って角を曲がり坂を登る。マンションの前で部屋を見上げるともう灯りが付いている。オートロックを開けてもらい、エレベーターで4階へ上り、降りたところの部屋のベルを鳴らす。ドアが開けられた。
開けられたところで、そのまま高岡のキスを受けた。触れるだけのチュッと小さな音がするだけのキスで、これももう習慣になっている。チュッとして、夏生はそのまま高岡と目を合わせた。
「もやし、太もやしにしました。そっちが好きでしたよね」
スーパーのレジ袋ごと高岡に渡した。
「ありがとう。ガリガリ君はあった?」
「むしろ梨味しか無かったんです」
「よしよし」
「まず冷凍庫に入れてくださいね」
「了解」
高岡と初めてキスをしたのは台風の夜だった。食後いつもはダイニングで向かい合って話をしているのだが、その日はなぜだか二人ソファに並んで座わって雨の様子を見ていた。
台風が来る時にまで会う必要なんて無いんだろうなと思う。思うけど、高岡は当たり前に誘い、夏生は当たり前にここに来ていた。
雨がそろそろ止みそうで、ただ風はまだ強く窓がカタカタ鳴っていた。一瞬ガタッと大きな音がした時、二人でビクッとしそれが可笑しくて、つい目を見合わせた。
顔が近かった。全部が近いなと思った瞬間、スッと高岡の頭が動き唇が重ねられた。1秒、2秒……。窓がもう一度ガタンと鳴ったとき、彼はビクッと震え、夏生の唇から離れていった。
目を合わせたら、高岡は何事も無かったかのように、窓の方を向いた。だから夏生も、何事もなかったかのようにテーブルに置いてあったお茶を取り、ゴクリと飲んた。
その時はそこまでで終わった。切り取った時空のように、そこだけがいつもと違っていただけで、あとの全ては毎週のように繰り返される日常そのものだった。だから、夏生たちは翌週以降も同じように連絡を取り合い、どちらかの部屋で晩飯を食べていた。
ただ、目が合えばどちらでもなくキスをするという習慣が加わっただけだった。何をしてるんだろと冷静になった時思うが、キスは気持ちよく全然嫌じゃなく断る理由もなく、二人の間で当たり前のことになっていた。
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