7.私だけの神様

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「………え?」  北風が吹く。神様のサラサラの黒髪が靡く。  綺麗な顔を風にさらしながら、神様は自嘲する様に目を眇めて笑った。 「俺は『桜ノ端命(サクラノハシノミコト)』。祀る人間もいない、祠すらないまつろわぬ神だ。桜ノ端の地名だけが、俺を神としてこの地に留めてくれていた。己の名前が消える時、俺も消える」 「待って。……嘘でしょ……そんな聞いてない、よ」 「言ってなかったからな」 「どうして」 「言ってどうする」  吹き荒ぶ木枯らしが、落ち葉を舞い散らせ、神様のジャンパーの裾や髪を揺らす。私は合格の喜びも寒さも忘れて立ちすくんでいた。  神様が教えてくれなくとも。  私がほんのちょっと考えれば、わかることだったんだ。  桜ノ端を守る神様が、桜ノ端の地名を失って、大丈夫でいられるはずもない。  だって神様はーーもう、私以外の誰も、詣でることのない神様なのだから。 「ここにはじきに新しい神が勧請される。多分子安安産の木花開耶姫だろうと、俺の神通力が告げている……あれだけ眩い女神が来るならば、俺は市町村合併の前に消えてしまうだろうな」  神様はまるで他人事のように、からっとした口調で私に告げる。 「って、おいおい」  神様は私に目を向けて、軽く目を瞠ってーー苦笑いをして近づいてきた。  親指で涙を拭って、私の頬を包み込む。温かい体温に、私は堰を切ったように泣き出した。 「ごめんなさい、神様。ごめんなさい……私、全然気づかなくて。いっぱい、神様に……神様を傷つけること、言ったと思う」  市町村合併に向けて地域がどんどん新しく変わっていくことを、私は喜ばしい変化として口にしてしまっていた。目の前の神様の気持ちを、全く考えていなかった。 「お前、ここで泣いてばっかりだな」  神様は私を抱きしめ、頭を撫でて言う。 「いいんだよ。俺は消えかかっていても神の端くれだ。人間が新しい未来に進んでいくことを、喜べないほど落ちぶれちゃいない。それに俺も悟られたくなかったんだ。最後のたった一人の参拝客の遥花との時間を、同情されるだけで終わらせたくなかった」 「神様……」 「遥花。俺は『消える哀れな神様』として遥花と大切な時間を過ごしたかったわけじゃない。最期まで、頼れる土地神様でいたかった。……格好つけさせてくれて、ありがとな」  神様は涙を拭ってくれる。 「神様、私。合格したら言いたかったことがあるの、」  その時。いかにも神様らしい態度を取り続けていた表情に、普通のお兄さんらしい感情が戻る。続きを言おうとした私に、言葉を被せて止めてきた。 「いうな。を言うなら、人間相手にしろ」 「嫌だ、言わせて。合格したら言いたいと思ってたの。私は神様が、」 「辞めろ! 頼むから。……言葉にしたら言霊になる。遥花の心に余計な爪痕を残してしまう」  耐えきれないという風に、神様は首を真横に振って背を向ける。 「神様!」 「帰れ。もう、俺に関わるな、」 「……っ……! いずれ死に別れるなら、お父さんはお母さん好きにならなきゃよかったの!?」 「っ……!」  一方的に立ち去ろうとした神様の背中が強張る。私は神様の背中に縋った。  ぴたりと寄り添っても、神様は抵抗しなかった。 「お父さんとお母さんが、幸せな時間を過ごしたのは間違いだったの? お父さんが、今でもお母さんがいない寂しさを堪えて頑張って生きてるのは、余計な爪痕、なの?」 「俺は……神だ。……人間とは、違う」 「違わない。神様が人間じゃなくても。いつか消えちゃうんだとしても、私の初恋は間違いなく神様だよ」
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